進化とアップデート
先日、文哉たちが出くわしたタイプ<蟻>とタイプ<蜂>との同時遭遇戦は、突発的なものではなかったらしい。というのも、複数種類の害虫による同時行動は、他の戦場でも目撃されるようになっていたからだ。
その日も文哉はタイプ<
両者ともに個体数が少ない代わりに一体一体が強力な個体である。地球の陸上戦力で言えば主力戦車くらいはあるのではないか。
その比較でいくと〝インセクティサイド〟は歩兵の扱いになる。
<蟷螂>が最も恐ろしいのはその素早さである。自然科学系のテレビ番組では昆虫の動きを見る際に超スロー映像を用いるが、あの迅さは巨大化しても変わらなかった。振動ブレードの数倍の間合いで振るわれる鎌は、ヒトの目ではほぼ視認できず、多数の〝インセクティサイド〟が何が起こったのかもわからぬまま撃破されていった。
<
個体数が少ないということは遭遇経験が少ないともいえる。
珍しい害虫に対して、多くの味方は戦い方がわからず、敵の間合いや呼吸、行動パターンにどうしても戸惑ってしまう。ゲーマーはトライアンドエラーで成長していく生き物であるため、とにかく初見に弱い。
『これまでの害虫には見られなかった行動です』
異常行動。
メルクリウスは、複数種の害虫がひとつの群れとして行動する、複合群についてそうコメントした。コオロギに寄生するハリガネムシのような一対一の関係ならばまだしも、大群同士が連携して動くなど記録がない。別の星の生態系なので、
「そっちの昆虫学でも異常なんだよな」
『はい』
「理由はわかるか?」
『あくまで推測です。外部刺激による突発行動、共通の敵に対して限定的に共同体を構築しているのではないかと』
「外部刺激、共通の敵――それってつまり俺ら
『はい。〝インセクティサイド〟による駆除は一定の効果を挙げています。
あくまでも推測、状況から考察される可能性のひとつだし、現場たる惑星ルゥ・リドーはとにかく遠いので、確かめようのないことも多い。
だから、実際にコトが起こっている以上、原因究明と平行して対策をとっていく必要がある。
そのひとつが、〝インセクティサイド〟の強化だ。
といっても機体の強化はあまり突拍子もないことはできない。
機体の強度には限界がある。向上させるとなると構成素材から見直す必要が出てくるし、比較的手軽に〝上乗せする〟方法については、追加装甲やブースト増槽などがあるが、それだって積載重量という制限がある。
ゲームという体裁をとっているが、リアルで無制限に数値を盛れるわけではない。
根本的な解決策として、ロボットアニメのように新型機でパワーアップ、というのも難しいだろう。惑星ルゥ・リドーの人類は、そもそも害虫群の駆除を徹底的にやるつもりがなさそうだ。
敵への
やる気があれば多少高くつこうがガンガン資源も技術も投入するが、逆に乗り気でなければどうしても小出しになる。それでなくとも兵器開発は時間がかかるもの。思いついたら即現場に反映、とはいかない。
そこで、ハード面が無理ならソフト面から、である。
文哉は戦闘時の利便性で他のユーザよりもかなり優遇されている。
ルゥ・リドーで蓄積された害虫データライブラリの提供。
害虫の位置表示をはじめとしたディスプレイ上での
音声認識による文字入力代行や兵装切替アシスト。
不明点に対する
これらはすべてメルクリウスのサポートあってのもので、同等の機能を他のユーザに実装することはできない。そこで、〝インセクティサイド〟に搭載された管制用AIという設定で、機能を絞った簡易版のユーザサポートを近日中に実装予定だ。
これによって各機の行動速度や判断速度の向上が期待される。
たとえば初見の害虫でもデータがあれば行動の指針になるし、死角からの接近への警告があれば生存率も少しは上がるだろう。
害虫群の変化に応じて、
――そんな折、その戦闘は起こった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
タイプ<
単一種の群れだが、行動に奇妙な点があった。
通常の群れと比べて、各個体の間隔が広くなっているのだ。
密度が薄い、あるいは網目が粗い、と言い換えてもいい。
隙間が多い敵の群れは、そのぶん広範囲に渡っていた。
雲霞の広がりはヒトの視界角である120度近くに及び、遠雷のごとくプレイヤーたちに言いようのない不安感、威圧感を与えてくる。
そしてすぐに、心理的なそれとは違う、現実的な脅威に気づくこととなった。
各機は今までとはどこか違う害虫群に戸惑いを見せながらも、遠距離武器による攻撃を開始し――違和感。
手ごたえが弱い。
〝撃てば当たる〟ほどの密度である通常の群れとは違い、広く間隔を取っている低密度群に対しては無駄撃ちが多くなる。こちらの命中率が下がってしまうのだ。
加えて、害虫の進軍パターンにも変化があった。
遠距離攻撃のできない害虫の初手は、まず距離を詰めるための突進が常であるが、今回の<飛蝗>は出現位置から動こうとしない。すべてが不動というわけではなく、突撃してくる固体は全体の2~3割といったところ。
明らかに少ないものの、それらを無視することもできず、味方機は攻撃を続ける。
しかし、それでは弾薬の消費に対して与えるダメージが釣り合わない。
たとえばこちらも、射撃に専念する機体を全体の2~3割とするような団体行動が取れればいいのだが、駆除者側には全部隊に命令を下す指揮系統がない。
仮にあったとしても、見返りなしにそんな目立つ役目を行う者はそうそう居ないし、また、味方が従うかどうかも怪しいものだった。同じ立場のプレイヤーにいきなり指示を出されたとして、それに応じる者は少ないだろう。指揮とは階級のもとに振るわれるものだからだ。
やがて、後方待機していた害虫群が動き出した。
焦れて突出していた味方機が、数に押されてすり潰されていく。
あるいは、こちらの陣形のばらつきを見た上で、害虫群は動いたのかもしれない。
文哉はデスク上の
「これって、
『はい。害虫が敵を目前にして不動、というケースは皆無です。こちらが攻撃を始めてからも、突撃させる数を抑えた、統制の取れた行動が徹底されています。強固な指揮系統があるのでしょう』
「どうやって指揮ってると思う?」
『虫の行動は、フェロモンによって指向されます。越冬のために集合を促す集合フェロモン、交尾可能であることを周知する性フェロモン、外敵の存在を知らせる警報フェロモンなどです』
それは惑星ルゥ・リドーの害虫群も同様だという。
「でも、それで制御できるほどシンプルな動きじゃないだろ」
<飛蝗>の群れの動きはいくつかの役割、段階に分かれている。
まず群れの大部分を占める不動。
こちらを惑わすために突撃してくる尖兵。
今確認したところでは、大きく回りこんで挟撃をかけようとする小数群もいた。
尖兵にしても、まとめてかかってくるのではなく、第1陣、第2陣、という風にタイミングをずらして突撃している。
『では音波か電波――あるいはそれらとフェロモンの複合で群れ全体に指示を出しているのでしょう』
「……マジかよ」
『可能性です。確実に言えるのは、駆除者側は敵の変化にまったく対応できておらず、このままでは早晩敗北を喫するということです』|
「それっぽいやつ……指揮個体の目星は?」
『〝インセクティサイド〟にはフェロモンなど微細な生理活性物質を検出するセンサは搭載されていません。音波・電波探知、感度最大――ノイズが多く判別不能』
「ノイズって――ああ、味方機のか」
『フミヤ、わたしの誘導するポイントまで移動してください』
「ああ……んん?」
ディスプレイに現れた矢印は上空を示している。
「間違いじゃないのか?」
『正確な探知のためにはノイズから離れ、発信源に近づく必要があります。加えて、当機の関節駆動なども抑えるとより効果的です』
「マジかよ……」
文哉はメルクリウスの指定座標へ向かう前に、友軍機に連絡を入れる。
フミヤ>これから特攻する、援護頼む
ナスノ>どこへ
――文哉は指定座標の
フミヤ> ここ
ナスノ> また妙なところへ 何しに?
フミヤ> 指揮個体の居場所を特定する
ナスノ> そんなのがいるのか?
フミヤ> ただの想像。
大群で押し寄せてくる謎の生命体に人類が追い込まれる系の話って、
だいたい中盤でそういう敵が出てくるだろ
ナスノ> ああ確かに
フミヤ> じゃよろしく
ナスノ> 破片は拾ってやろう
機体の全装甲をパージ、携行火器もその場に破棄して限界まで軽量化し、ブーストを全開にする。
高度計の数値は一気に上昇、その勢いは機体の安全性と引き換えにしたものだ。現状では害虫の1匹にすら叩き落されるだろう。
上昇する文哉機を追って、害虫群の最前線から数匹が飛び出してきた。
万に迫る雲霞の中の、わずか数匹である。
その動きは、本能的というには抑制されている印象だった。
やはり細かい指示を出している個体がいるのだろうか。
『指定座標に到着しました』
敵と味方のほぼ中間地点、上空1500メートル。
<飛蝗>の雲霞をすべて眼下に収める位置。
群れの中で炸薬の閃光が瞬いている。
直下に接近していた最後の一匹が胴体を撃ち抜かれて真っ二つになった。
ナスノ> クリア
フミヤ> サンクス
『センサ類の感度を最大にします。滞空以外の操作を行わないでください』
「了解」
手持ち無沙汰の文哉は、メルクリウスが探知を続ける間、害虫の接近を警戒するくらいしかやることがない。
しかも、近づかれたところでこちらには撃退する武装がないのだ。
わが身を差し出し、危険にさらしつつ敵の急所を探る、献身的なプレイスタイル。
流行らないのは理解者が少ないからだろう。
「どうだ?」
『波形パターンと発信源の特定にもう少し時間がかかります』
「ってことはそれらしい反応はあったんだな」
『断定はできません』
「おっ、また来た」
複数の害虫が向かってくるが、文哉機に近づく前に一匹ずつ撃ち落されていく。
それが3度、繰り返される。いずれも全滅。
ところが敵は懲りることなく、今度は十数匹単位の死角を差し向けてきた。
こちらは突出した一機だけで、しかも攻撃に参加していない傍観者である。それに対して明らかに過剰な反応だった。
「ムキになってるってわけじゃないよな」
『警戒しているのでしょう』
ナスノ> さすがにぜんぶはむり
ナスノからギブアップのメッセージ。それでも
「動くぞ」
『仕方ありませんね』
<飛蝗>の武器は強靭な顎による噛み付きである。〝インセクティサイド〟の複合装甲すら果実のように
その武器を使う前段階として、まず敵に向かって掴みかかる動作がある。
無手の文哉機の対応は、その掴みかかってくる動きを躱すことだ。
相対している群れは明らかに群生相。
雑食で攻撃性が高く、羽ばたきによる飛翔能力が高くなっている。
ただし、長い距離を飛べることと小回りが利くことはまったく別の能力だ。
文哉はブーストをカット、自由落下による緊急回避。
仰向けになって落下する視界を、長射程ライフル弾が0.3秒おきに横切っていく。
装弾数いっぱいの5射で5匹の<飛蝗>が千切れ飛ぶ。
生死不明、ただし飛行不能、それで十分だった。
残る害虫は2匹。
翅を畳んで追従してくる。
逆噴射で落下速度を低減、追いついた1匹が前肢を伸ばして機体を掴もうとする。
右腕部を駆動、片腕挙手の格好。餌だ。
<飛蝗>がそれに食いついた。
両前肢が右腕を掴み、口元にひきつけるようにしてかじりつく。
マニュピレータが5本まとめてすり潰される。
まだ足りないのか、前腕から上腕へと
その食指が肩口にまで差し掛かった瞬間、残った左腕部を駆動。
<飛蝗>の頭部と胸部の隙間にマニュピレータをねじ込んで機体を引き寄せ、引き上げる。
機体をひねってブースト点火。
<飛蝗>の頭部に高温排気が吹き付ける。
無音の叫びがその口元から見て取れた。
両前肢が外れて自由になる〝インセクティサイド〟。
<飛蝗>は複眼と触覚を高熱で潰され、何も見えなくなる。よって戦力外。
残り、一匹。
倒す手段はなくとも対峙する――
その心積もりで振り返ったディスプレイ上、最後の一匹は振動ブレードによって両断されていた。
ファースト> 面白いことをやってるね
フミヤ > 狙ってたんですか先生
ファースト> たかがゲームとはいえ、こんなストーリーめいたことがあると
つい熱くなってしまうね
フミヤ > ここは俺に任せて先に行け、的な
ファースト> 今はまさにその場面だ。目的は後で聞くよ。
フミヤ > お願いします
「一機くらい近くにいても大丈夫だよな」
『
「いらないだろ別に」
ナスノが遠距離狙撃で接近してくる害虫の数を減らす。
文哉を狙って突っかかってくる撃ちもらしを、長谷川が横から斬殺する。
そんなコンビネーションで時間を稼ぐこと数分。
『指揮波と思われる電波の発信位置を特定しました』
ディスプレイに赤い
雲霞の中央からやや右寄り。密集の度合いが若干、濃くなっている部分である。
『敵陣形は手薄です。精密な援護が望めるならば、突破は不可能ではないかと』
「生還できないやつだよなコレ」
『得意技でしょう』
「持ちネタじゃないんだけどな……」
文哉は愚痴りつつも、指揮個体までの最適経路をメルクリウスに要求する。
提示されたそれは山なりの弾道軌道で、想定される速度を見ても着地のことはまったく考慮されていない。
「お前これ到達っつーより着弾……」
『最適経路はあくまでもその瞬間でのベストです。あらゆる要素によって流動的に変化していきます。そして、この戦況において時間の経過は好転を生みません』
メルクリウスが丁寧に急かす。
「ああくそ、わかったよ」
文哉は苛立ち紛れにブーストを全開にする。
ディスプレイの景色が後方へ吹き飛んでいく。
こういうとき、体感型筐体なら爽快感があるのだろうか。
自動車免許の取得を、割と本気で考え始める文哉だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
文哉機は、ナスノや
至近距離での自爆によって、指揮個体の撃破に成功した。
指揮個体の消滅による影響なのか、<飛蝗>の
害虫が棒立ち状態になっている隙をついて、
損耗率で言えばこちらの方が分が悪いくらいだったが、<飛蝗>は動きに精彩がなくなり、また戦意も低下していた。
少々の不利で逃亡する個体が続出。通常ではあまり見られない行動だったが、指揮個体の影響が失われたことによる動揺があったのかもしれない。
害虫の事情は判然としないが、結果的に今回の戦闘は駆除者側の勝利に終わった。
ちなみに。
文哉はその活躍によって、〝カミカゼ〟〝特攻野郎〟〝ヒイ○・ユイ〟などの、あまりうれしくない二つ名を得たのだった。
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