第5話 儚き夢

『つまり、この世界は、一番偉い人が急に世界を壊し始めて、実際に壊れた。そして今はまさに崩壊中……ってこと』

 "さくら"は、この想区の本来の姿や、自分の運命の書に記されていたことなどをたくさん話した。

 途中、ヴィランたちの襲撃による邪魔が一回入ったが、数はそんなに多くなく、エクスたちだけで、退けた。

「私たちがもっと早くこの想区に来られら……」

 話を聞き終えたレイナは涙ぐんでいた。その姿に、"さくら"はそんなことない、とレイナを励ます。

『そんなことないよ!むしろ、あの場に巻き込まなくて済んでよかった。……まぁ、今ちょっとだけ巻き込んでるけど』

 それに、シェインも言葉を重ねる。

「そうですよ。過ぎたことを言ったところで、どうにもなりません、し……」

 しかし、明らかにテンションは下降傾向にあった。

「レイナ、どうにかならないかな?」

 エクスが、レイナに訪ねるが、レイナは非情な事実を答える。

「……無理だと思うわ」

 レイナは桜の樹を見上げながら、しかししっかりとした声で言った。

「私の調律でも、この想区を元通りにすることはできない。……もう遅すぎるのよ」

 最後のもう遅すぎるという言葉には、少なからず自責の念が含まれていたということを、誰もが感じた。

「……」

 タオは、ただただ黙っている。

『大丈夫だよ!』

 そんな、暗くなる雰囲気を吹き飛ばすように、明るい声を出したのは"さくら"だった。

『本当はね、もうそろそろ駄目だって思ってたの。だけど、みんなが来てくれて、今もまだここに在る』

 "さくらの姿"は表情こそないものの、様々な動きが彼女の心情をあらわしていく。"さくら"は胸に手をあて言葉を紡いだ。

「それは……っ」

 レイナが顔をあげ、いいよどむ。

『私はもう、この現実を受け止めているんだ。でも、1つだけわがままをいってもいいのなら……』

 レイナの言葉の続きを待つことなく、言葉を紡ぎ続ける"さくら"。

 しかし、言葉はそこで止まってしまう。

「……いっていいのなら?」

 エクスが先を促すと、"さくら"の涙の色が混じっているような、そんな声が響いた。

『……忘れないでほしいの。この桜の世界を。この想区の本来の姿を全て見せることが出来なかったのは、とても残念だけど……でも』

 それは、 たった1つの清らかなる願い。

 消えることを受け入れた者に芽生えたたった1つの尊い願い。

『覚えていてほしい。例え完全に消えてなくなってしまっても、たしかにそんな世界があったのだと知る人がいてくれるだけで、私はとてもうれしい』

 ―――例え消えてしまっても、あなたたちと中で生き続けるよ。この世界とともに、あなたたちの心に在り続けるよ……。

 "さくら"の言葉にエクスは、頷いた。

「……そんなことでいいのなら、誓うよ」

 タオも、エクスに続く。

「……あぁ、オレたちは、ぜってぇ忘れねぇよ」

 しかし、レイナの表情は、陰る。

「…………」

 シェインがレイナの顔を覗きこんだ。

「……姉御?」

 レイナの目には涙がたまっていた。

「……私たちには、そんなことしかできないのね」

 レイナの言葉に"さくら"の姿は散った。

 そして、想区全体に響くように声が響く。

『……"そんなこと"じゃないよ。とても、大事なことだよ。だって、みんなが覚えているってことは、消えてないってことだから。みんなの心の中で存在しているってことだから。これは、とても大切な私のわがまま』

 "さくら"の言葉にレイナはハッとし、涙を拭いた。

「……ごめんなさい。わかったわ。……そーゆーことなら私たちに任せなさい!私は絶対に忘れらないんだから!!」

 その言葉に反応するように。

 桜の樹から降る花びらが意思をもっているかのごとく一人一人の回りを囲うよう舞った。

「とーぜんです。シェインも絶対に忘れません」

 エクスが、花びらに触ろうと手を伸ばすと、花びらは呼応するように動きを変え、手のひらに何枚かの花びらが乗った。

「そうだよ。こんなに素敵な場所、忘れられるわけないじゃないか」

 エクスは、手に乗った花びらに息を吹きかけた。そんなに強く吹いたわけでもないのに、花びらはフワッと舞う。

『……みんな、ありがとう』

 そこに響いた邪魔者の声。

「クルルァァ」

「!」

 想区はもうかなり狭い。

 それでも、彼らは戦う。

 最後の最後まで……本当に消えてしまう寸前まではこの想区を守りたいと思ったから。

 ヴィランたちに壊させはしない。



「えっ……!?」

 戦いも終盤だった。

 そんな中で気がついたのはエクス。

 エクスは、コネクトを解き、桜の樹の幹に手を触れられる位置まで下がる。

 すると、それはこの想区全体で起こっていた。

「みんな、想区が……!!」

 エクスのその言葉に全員が気づく。

 白い砂のようにさらさらと、想区の端や桜の上部が、霧にとけていく。

 皆が桜の元に集まった。

「さくらっ!」

 レイナが叫び、桜の樹へと手を伸ばす。

 すると、幹に手が触れた瞬間にレイナの体が光に包まれた。

 それに呼応するように、桜の花びらがレイナの周囲を舞う。

 そして、光が収まる時、花びらはパッと残りのヴィランたちに飛んでいき、蹴散らした。

 そして光が収まり、そこに現れたのは、知らないヒーローとコネクトするレイナ。

「……あれ?」

 その声は"さくら"の声だった。

「桜さん、なんです??」

 シェインは、レイナ???に声をかける。

「……うん、そうだよ。でも、どうして?」

 それは、まぎれもなく"さくら"だった。

「……レイナと"さくら"の魂がコネクトしたつながった?」

 エクスは、初めて見る"さくら"の姿に目が離せなくなっていた。

「あ、そうだ。みんな、手を繋いで」

 桜の花びらがレイナさくらの頬をかすめたとたん、顔色を変え急にみんなに指示を出した。

「は?」

 タオが突然の指示に声を漏らす。

「この想区を出るよ」

 しかし、レイナさくらは変わらず瞳に強い意志を宿したままシェインの手をつかんだ。

「私が途中まで案内するから」

 その言葉とともに、桜の花びらがレイナさくらの前に集まり、道を作る。

 それは霧へと繋がっていた。

 全員が手を繋いだのを確認し、レイナさくらは歩き始めた。

 エクスやシェインが後ろを振り向くと桜の樹の姿が見えた。

「あ……っ」

 しかし、それは霧に包まれるではなく、砂のようにとけていく姿だった。

 それは、想区が完全に消滅しようとしている、本当の意味で最期の姿。

 エクスもシェインも、前を向き、レイナさくらに引っ張られるままに進む。

 不思議と道だけはこの霧の中でも見えた。

 そして、急に視界がクリアになる。

 それは、さくらの花びらでできたドームのなかだった。

「……案内はここまでみたい」

 レイナさくらの目には涙がたまっていた。

「?」

 全員が頭にクエスチョンマークを浮かべる。

 しかし、すぐにその言葉の意味を思い知ることになった。

「最期に素敵な思い出をありがとう」

 その言葉とともに、普通のコネクトが解けるのとは違う解け方をしてレイナの姿に戻っていく。

 それは、想区の消滅と同じような解け方。

 光の砂のように、さらさらと。

 最期に見えたのは笑顔で涙を流す"さくら"の顔だった。

 そして、全てが砂として消えたかと思うと、レイナをまとっていた光も収まり、そこにはレイナの姿があった。

「あっ」

 そして、桜のドームも"さくら"と同じようにさらさらと霧にとけていった。

 また、霧でなにも見えなくなる。

「……進むわよ」

 全てが見えなくなる直前に聞こえたのはレイナの声だった。その声は涙を流しているような、震えた声だった。


 一行は、また、新たな想区へと向けて霧の中を歩き出した。







「おかえりなさい、春風はるかぜ

 ―――そこにいるのは紅秋べにあき

「ずっと待ってたんだよ? 」

 ―――わたしが大好きだったこの明るい声は海夏みか……。

「ずっと、見てた……」

 ―――この眠そうな声は雪冬ゆきふゆだ……。

 なんだか、みんなの声がとても懐かしく感じるよ……。

 なんだか、今までずっと夢を見ていたみたい。

 ずっと、一人でいる夢。

 世界が無くなっちゃう夢。

「夢なんかじゃないさ」

 紅秋?

「春風ちゃんは、ずっと闘ってた」

 海夏……。

「……お疲れさま」

 雪冬……。

 そっか。夢じゃなかったんだね。

 じゃあ、私はとうとう消滅したんだね。

 だから、何も見えないのかな。

「あのね……っ!私……私ね……っ!」

 何も見えなくても、みんなに話したいことがたくさんある。

「春風ちゃん、焦らないで」

 それを遮るのは海夏の声。

「大丈夫。これからは、ずっと一緒」

 不安になった私に安心をくれる優しい紅秋の声。

「あきと、うみと、ボクでずっと待ってたんだ」

 私を"はるか"と呼ぶ、大事な親友、雪冬の言葉。

 みんなの声は落ち着いている。

 焦っているのは私だけ。

 ―――そっか。時間はまだたくさんあるんだね。

 そう思うと安心して、急に眠くなってきちゃった。

 ―――それじゃあ、少し寝ちゃおうかな……。なんだか、とても疲れたよ。

「……そっか。おやすみ、はるか」

 うん。おやすみなさい―――。


 意識が、霧の融けていく。

「……じゃあ、私たちも」

「そうだね。ここまでちゃんと待ててよかった……」

「……みんな、おやすみなさい」

「「おやすみ」」

 そして、それを感じた3人の意識もまた、春風さくらと同様に霧に融けていく。。。



 それは泡のように儚い幻のような時間だった。

 けれど、その時間は確かに春風の心を優しさで包み込み、温かな気持ちに包まれたままで霧の中で霧散した。



 ―――たくさん、話したいことがあったんだ。おかしな、人間の四人組の話……。



 ―――知っているさ。ずっと見守ってきたから。君はボクたちの誇りだよ。






 end.....

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桜の大樹 如月李緒 @empty_moon556

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