第7話 かぼちゃのケーキ

 気がつけば、もう、ハロウィンの時期だった。

 10月に入ると店頭にはハロウィングッズだのかぼちゃ料理だのが並んでいた。

 ハロウィンを祝う気持ちはない。


 ハロウィンが終わるとすぐに歳を重ねることになる。残念だが、それが現実だ。

 だからこそ、ハロウィンで浮かれることはしないのだ。ただ、この男の一言がなければ。


「ハロウィンの31日は、お菓子を作っていこうと思っているんだ。田中さんも作ってこない?」

 佐藤が笑顔で話しかけた。その言葉で一気に酔いが覚めた。そして、自分がどこに居るのかも理解した。

 自分のマンションのエントランスが助手席越しに見えたのだ。

 駅に行くのとは逆方向からマンションを見たことがなかった。だから、気づかなかったのだろう。たぶん。

 ここで、部屋に誘えないのが自分である。お茶でも……とか、辛いんで一緒に来てもらえませんか……とか、誘う方法はいくらでもあるのに……


 と、いうわけで、ハロウィンにお菓子を作って持って行かなければならなくなってしまった。

 ハロウィンと言えば、かぼちゃしか浮かばない。取り分けることを考えると、カップか小包装がいい。どうしようか悩み、カップケーキで、例えるならモンブランのかぼちゃバージョンのようなものを作った。

 30個は作りすぎたかもしれない。大荷物を抱え、満員電車を回避しようといつもより早く家を出たが、ほんの少ししか変わらなかった。

 こういう時、車通勤が羨ましくなる。


「俺、田中さんのお菓子が食べたかったんですよ。」

 無邪気な笑顔でそれを言われたら、寝不足も吹っ飛ぶ。

「なんで? 佐藤さん。」

「荒井さんが、田中さんのお菓子が美味しいって教えてくれたんですよ。」

「そうなの?」

 御姐様の仲川に話しかけられた。

「趣味程度ですが……」

 小さい頃はケーキ屋さんを夢見ていた。だから、お菓子は食べるのも作るのも好きだ。

「美味しい! こんな才能があったのね。」

 仲川に褒められた。

 佐藤は、感想を言わなかった。ただ、無言で2個目に手を伸ばしたので、よしとする。

「あ〜〜〜〜〜!!!!! ズルいですよ、皆さん! 田中さんのケーキ、楽しみにしてたんですからぁ!!!」

 荒井嬢がふっくらとした頬を目一杯膨らまして、部屋に入ってきた。

「私が経理課に行ってる間に!!!」

 荒井嬢はご立腹だ。

「はい、あーん。」

 空気で膨らんだ口にケーキを入れてあげた。荒井嬢は真ん丸な目をもっと真ん丸にして、スプーンに乗ったケーキを頬張った。

「おいひ〜〜〜〜。」

 荒井嬢は満足気に両手を頬に当てて、笑顔になった。そして、催促するように口を開けた。

「自分で食べなよ。」

 そう言いつつも、荒井嬢にケーキを運んであげた。


 美味しいと言ってくれるのは、嬉しい。

 気がついたら、30個もあったケーキは売切れていた。

 ちなみに、佐藤は作ってこなかった。失敗した、と言っていたが、本当なのか、疑問が残る。

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チョコレートケーキが食べたい。 @Unserpentboa

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