第6話 カスタード≧チョコレート

 それから2週間が経った。微笑みかけたきた可愛い店員さんにきゅんきゅんしたが、付き合えるはずもなく、ごく普通の日々を過ごしていた。


 今日も残業だ。もう21時をすぎた。明日に迫ったイベントの準備のせいだ。イベント会場の設営が長引き、最終点検が始まったのが終業時間。打ち合わせが先程終わった。

 あぁ、お腹がすいたけれど、これから家に帰って作るのも……

「田中さん、ごはん行きません?」

 佐藤が言い出したらしい。佐藤の隣には、四十路よそじになる給湯室の重鎮にして風紀などを取り締まり、ヒエラルキーの最高位に君臨する御姐様おねえさまの仲川様が微笑みを浮かべながら立っている。入社して2年目の可愛らしい系のイメージ的には花散里を思い出させるような荒井さんは、佐藤と仲川の輪には入っているものの、一歩引いている状態。

 その荒井さんが声をかけてくれた。

「行きます。」

 自分は、即答した。その瞬間の御姐様の不敵な笑みが自分を捉えた。これは凍りつかないわけがない。

「俺がオススメの店でもいいですか? みなさんは食べられないものありますか?」


 と、いうわけで、佐藤オススメのバルの雰囲気を持つスペイン料理屋に入った。タパスやピンチョス、パエリアなど。それにデザートのナティージャス。カスタードクリームのデザートだ。




「……さん……田中さん……田中さん。着きますよ。」

「……ん……………」

 肩を叩かれる感覚とちょうどいい囁きが聞こえた。

「起きてください。田中さん。」

 目を開けてから今の状況を認識するまで、たっぷり5秒かかった。

 タクシーの中で、佐藤と後部座席に乗り、自分の頭は50度左に倒れていて、その頭の左側を支えてくれるモノがある。

 すなわち、自分は佐藤の肩に頭を乗せているのだ。そして、佐藤の右手が自分の右肩を叩いている。

「ごめんなさい。寝ちゃった……?」

「いや、俺が悪いんです。田中さんがむせた時に間違えて白ワイン渡してしまいました。」

 思い出した。辛いアヒージョを一口食べたら、熱い辛いの二重苦で、熱さと辛さが喉に刺さってむせてしまった。その時に水を飲んだと思っていたのだが、白ワインだったのか。その後の記憶がない。

「本当にすみません。」

「大丈夫です。そんなに謝らないでください。ぃたっ……」

 頭を下げる佐藤に、両手を上げて頭を横に振ったら、後頭部に鈍い痛みを感じた。外傷ではない痛み。きっとワインのせいだ。

「着きましたよ。」

 運転手が車を停めて振り向きながら伝えてきた。ここは……??

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