第29話
「え、ちょ、え」僕はひどく焦った。「嘘だろ、え、まじ。」
そう言ってる間もタイルがみちみちと音を立てる。
「また冨田さんに怒られ・・・いや、それどころじゃない。どうするどうするどうする。」僕はタイルを撫でてみた。そんなことをして収まるはずもない。それどころか異様に熱い。
「ぅわつぁっ!」僕は仰け反る。そしてタイルは完全に砕ける。嘘だろ、まだ終わっていなかったのか。
中から現れたのは・・・やはりルシアであった。
「き、君・・・もしかして、まだ、死にきれてないのか・・・」僕は尋ねる。
「き、君、もしかして、まだ、死にきれてないのか」ルシアは答える。「まだ、死にきれてない。」
「ええー・・・」僕はひどく力抜けた。あれだけやって、全然だめだったのか、と思うとやりきれない気持ちが多い。
「それじゃあ、どうして欲しいんだ。」
「それじゃあ、どうして欲しいんだ。」ルシアは真似をする。そして言う。「どうして欲しい・・・ない。」
「え?」
ルシアが何か言おうとしてまごついている。
「どうもしなくていいのかい?」
僕が聞くと、ルシアは頷く。「どうもしなくてもいい。」
何かを求めているわけでもなさそうである。「君はまだ怒っているの?」
「怒って・・・ない。」
ちょっと力が抜けた。じゃあ何で死に切れないんだろう。というか。僕は衣装棚に向かい、再び大きなポロシャツを取り出してルシアに着せる。どうも意思の疎通はできるもののまた言葉の記憶がリセットされているようである。
「じゃあまた映画でも見るか。」
「映画・・・。」
「百聞は一見にしかずだ。」僕はDVD棚に再び向かう。
『なんか、結局元通りになったな。』映像の中で、黒髪の主人公が白髪のヒロインに話しかける。『一人増えたけど。』
『あーら。』金髪の女性が言う。『なんだかベンちゃん不満気ねえ。』
「ねえルシア。」僕は聞く。「結局、どうしてまたここにきたんだい?」
「どうしてここにきた、か。」ルシアは答える。「ここにいたいから。」
「ここにいたい?」
「朧げ、な、記憶、だけど・・・」ルシアは言う。「健二くん、は、私、に、親切に、してくれた。私のために、色々、してくれた。どこか、嬉しかった、のだと思う。別れるのは、つらかった、のだと思う。終わりたくなかった、そう、思った。」
その言葉の途中まで聞いて僕はなんだか込み上げるものがあった。そういえばルシアが寂しい人生だったことについては未解決だった、ということだ。気が付いたら涙を流していた。僕はルシアの肩に手を置いて言った。
「僕も、寂しかったよ。」
映画は丁度、老いた白髪の女性が黒髪の男性と共に帰って終わるシーンであった。
「僕もルシアに、会いたかったさ。」
ルシアはその言葉を聞いて、とても嬉しそうに笑った。その笑顔と振る舞いは、前とは違ってとても人間らしく、僕には見えた。初めてルシアを、素直に愛することができた。
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