第28話

 一連の騒動に皆記憶を失ったように狂騒していたからか、あの時何が起きたのか皆分かっていない。とりあえず海で引き上げられた白い塊によって何らかの災害が起きたらしいという事だけははっきりしていた。だが、それ以上の原因究明はもはやされなかった。ファールフォーケン卿は彼らにとっては行方不明も同じだし、それ以外にも彼によって殺されてしまった役職の人たちの追悼と補填の方が差し迫る問題だったからだ。

 僕は元自分のマンションにたどり着いた。

「あーここね。」花笑は言った。「まさかここで得た予感であんなことになるとは思わなかったわ。」

「あなたのブログのせいで客足ないんだって。」奈々子は言った。「償ってあげるべきじゃない?」

「わかってるって。太平洋の怪物はもう死んだんだろ?」花笑は妙に嬉しそうに言う。「なんか縁起が良いって宣伝しとくよ。しっかし、またあの生活に逆戻りかー。まあいいや。」

「ネムリダのことはご迷惑をおかけしました。」ミトが謝る。

「いいっていいって。あれは面白かった。」花笑は言った。「じゃあ、私たちはここで。」

「うん、じゃあね。」僕は言った。

「じゃあねー!」奈々子は手を振る。花笑は奈々子に腕を回し、「ちょっと、花笑、何するのよ!」とじたばたもがいている。

「僕らもいこうか。」僕はミトに言う。

「はい、お邪魔します・・・」ミトはなぜかあの時から僕に対して恥ずかしそうに言う。初対面での堂々っぷりはどこにいったのだ。


「いらっしゃい・・・あら!」大家の冨田さんが僕を見て嬉しそうに言った。「花澤くんじゃない!それに水戸ミトくん!あれ、引っ越したんじゃなかったかしら?」

「それが、無しになりました。」僕は苦笑しながら言った。やっぱり政府たちは事後対応はしていたのだな。「ですから、もう一度契約したいんですが・・・」

「もちろんどうぞ。」冨田さんはそう言ってうっとりと僕を見つめる。なんか妙だ。「だけどあの部屋はすでに取られてるから隣になるよ。」

「かまいません。」

「ていうか、花澤君、琥珀のタイル壊したでしょ。」冨田さんはちょっと怒っている。「もー。貴重なタイルなんだから。」

「すみません、すみません。」僕は謝った。あのタイルから大事件が起きたなんてどう説明すればいいんだ。するとミトが口を挟む。

「ああいう琥珀のタイルって時々勝手に割れる事があるんですよ。花澤さんのせいではありませんよ。」

「あら、そうなの。じゃあいいわ。」冨田さんは鍵を渡す。「はいこれ。契約書は後で渡すね。」

「はい。行こう。」僕はミトに言う。ミトはにこりと笑ってうなづく。

「あら、お二人とも仲良くなったのね。」冨田さんは言った。

「あ、ええ。」本当はミトからそれまでの話を聞くためなんだけれど、そういう事にしておこう。

「羨ましいわ。」冨田さんは言った。

「あ、はい・・・」やっぱりちょっと変だ。僕は首を傾げつつミトと共に階段を上がる。ミトも僕をじっと見つめている。どうなっているんだ?






「やっぱり。」

「変よね。」


 公園のブランコで僕と奈々子は言った。


「なんか花笑が私にすーごいか絡んでくるから怖くて。」

「僕も妙にミトになつかれてる・・・もしかしたら、僕のせいかもしれない。」

「どうして?」

「僕はもともと、ほら、ルシアと同じプロテーアなんちゃらだったじゃん。」

「ああぁー・・・・・・あ!」花笑は気づいた。「そう言うことね。」

「うん。ルシアと同じ匂いを出しちゃってるのかも。」

「そうなんだ。」奈々子は若干嬉しそうである。

「どうした?」

「いや、悪くないなと思って。あたしちょっと目立ちたかったのよね。」

「悪いことに利用しちゃだめだよ。」

「わかってるよー。」奈々子はふと真顔になる。「でも。」

「でも?」

「私たち、もしかして永遠に生きるなんてことないよね。」

「あぁー・・・」僕は考える。「まぁ、死にたきゃ死ねるらしいし、もしそうなったらその時はその時で考えようよ。」

「そうだね。」奈々子は言った。「それで思い出した。」

「何?」

「ファールフォーケン卿、死ぬ前になんか怖い事言ってたじゃん。」

「何だっけ。」

「次生まれ変わったら復讐してやるーって。」

「ああ。あれか。」僕は思わずせせら笑う。「どうせないだろ。」

「何で?」

「いつまでもいつまでも渇望を抱いて生きるのは楽じゃないだろう。どうせ口ではああ言って成仏してるはずさ。」

「君って優しいんだかそうじゃないんだか。」奈々子は空を見上げた。「まあこれで平和っちゃ平和なわけね。」

「そうだね。」




 僕は家に再び帰り、ちょっとめかしこんでいる冨田さんに挨拶した後、自分の部屋に戻る。あー、これでまたちょっとつらい一人暮らしの始まりか、と思いつつ電気を点けて見回す。この部屋も同様琥珀のタイルがある。僕はそのタイルのそばに座る。そして触れる。

 ルシアは本当に死んでしまったんだな。と僕は気分が沈む。あぁ。短い間だったけど、寂しいな。また会えたらいいな。そしてタイルを撫でる。




 タイルから、ぱき、という音が聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る