第27話

 僕は分かっていた。


 あのルシアはやはり死んでいるということ。一種のゴーストであるということ。

 プロテーア・クレアトゥーラは初めから破壊など求めていなかったと。

 ルシアが孤独の中愛を求め、裏切られ、死んだ。

 激しい怒りと寂しさの中ルシアは死んだ。

 ゆえに「死んでも死に切れない。」

 それが永遠に転生する理由。

 そして死んだ記憶が、プロテーア・クレアトゥーラに永久に記憶され、破壊ノ姫に至る。


 その事全てをファールフォーケン卿はわかっていたのだ。

 それこそが『永遠の命を与える方法』であった。

 それは大いなる負の代償、すなわち、怨みを生む事がわかってるからこそ、ルシアを蟲術で強引に操った。

 どんな形であってもルシアを永久に、かつ、自分の思うように生き延びるようにしたかった。

 おそらくミトの先祖に助けられてからは少しは反省したのだろう。

 しかし自らが永久に生きると知ってから再びその欲望を大きくしたのだろう。

 それが長い年月で積み重なったから歯止めが聞かない。

 もはやルシアと共に永遠の王国を作る欲望だけに生かされた屍体リビングデッドのよう。

 永遠に生きるとは死ぬのと同じ事。


 ファールフォーケン卿も死んでいる。


 そう、これは生きていない。モノだ。


「僕らのすべきことは、ただ、一つです。」

 あの時僕はファールフォーケン卿に言った。ミトもファールフォーケン卿も僕をみつめ、目を覚ましたらしい奈々子の「一体、どうなってるの・・・?」という声も聞こえる。僕は背中にナイフを忍ばせていた。残骸より拾った、ミトのもっているアサシンナイフである。

「何だ。答えろ。」ファールフォーケン卿が言う。僕はファールフォーケン卿に近づき、そしてナイフでその腹を貫く。

「おうふ!」ファールフォーケン卿は昏倒する。

「ミト、角材が多分あの残骸の中にあるだろう。持ってきてくれ。僕はロープをあの中から引っ張り出した。」僕はファールフォーケン卿を見る。「こいつを、縛る。」

「は、はい。」ミトはまるでそれが有難い高貴な命令かのように、頬を紅潮させながら返事し、そして急いで施設の残骸に向かう。ファールフォーケン卿は血を吐きながら呻いている。あれ、眠らない。1000年も生きていると体質が変わるのか、ミトの毒に耐えられるようである。僕はあたりを見回す。車がまだあった。僕は振り返る。花笑が奈々子と座ってその場を唖然と見つめている。

「運転できる人、いるか?」

 そう聞くと、花笑という人が答えた。「私、できる・・・けどどう言う事なの?」

「破壊ノ姫を終わらせるためには、これしかない。」僕は言った。「こいつを生贄にし、"神"の許しを得る。」





 そして今、僕は天井の割れたドームの真ん中で、縛り付けたファールフォーケン卿と共にいる。その割れた天井から、穴の空いたルシアの顔が現れた。

「ルシア!覚えているか!僕だ!健二だ!」僕は叫んだ。「僕は再び謝りたい!君の苦しみを理解しなかった数々を!」

 ルシアはこちらを見つめながら静止している。静止しているから認識しているのは確かである。

「ルシア!お前が一番破壊したかったのは、こいつだろう!」僕はファールフォーケン卿を指差す。「だからここで彼を君に捧げる!好きにするがいい!」

 ルシアが口を開いた。そして頬が悲しく引き攣り、ひどく悲しい目をしていた。そしてけたたましい絶叫。涙は出ないのだろうが、泣いていた。ルシアはあきらかに泣いていた。

「覚えておれ!この若造が!」ファールフォーケン卿は血の泡を吐きながら言った。まだ眠る気配がない。「私が死んでも、次生まれ変わって、お前に絶対復讐してやる!うあ!」ファールフォーケン卿は突然初めて恐怖に怯えた顔になった。「体が暖かい・・・やめろ、やめてくれールシア!」

 ルシアは絶叫を上げたままであった。ドームの客席にいたミトも花笑もその光景をただ見つめていた。奈々子が突然絶叫した。

「奈々子!?」花笑が話しかける。

 しかし奈々子は花笑に気づかない。まるでルシアに共鳴しているようであった。ああそうだ。僕も絶叫したいぐらいだ。同じプロテーア・クレアトゥーラとして、僕らはルシアのファールフォーケン卿への激しい情を同時に感じている。

「うああ!ぐああああ!」ファールフォーケン卿の手の皮膚が崩れそして血が流れる。「あづいいいい!体が、あづいいいいい!」ファールフォーケン卿は発火する。「ああああぁ・・・・あ・・・・」その後ファールフォーケン卿は何も言わずに身悶えする。

「どうなってんのー!これー!」戸口で愛子が震えている。「みんな、おかしいよ・・・怖いよ・・・。」

 絶叫は止んだ時、ファールフォーケン卿だったそれが黒い炭となって崩れ果てる。そして上を見ると天井の穴からルシアがドームを過ぎていった。僕は急いで戸口に向かう。怯える愛子を一瞥しつつ外に出ると、ルシアが海の方に落ちていくのが見えた。顔が溶けており、もうただの白い塊となっているそれは、大きな波音を立てて沈んでいく。僕の後ろから、奈々子も花笑もミトも後から着いてきて、僕の側にいる。

「ルシア、死んじゃった。」奈々子は言った。僕も感じている。ルシアはもう怨みから解放され、消滅した。あとはあの無害なプロテーア・クレアトゥーラが海に沈んでいくだけだろう。

「いい子だったのにな。」僕は言った。「可哀想だ。」

 プロテーア・クレアトゥーラが完全に沈んだ時、なにかが海から上がっていくのが見えた。僕はあれ、と思った。奈々子も「あ。」と声を上げた。もしかして、ルシアの身体から新たに生まれたのだろうか。僕は少し恐れつつ、しかし期待もする。

「ぶはぁ!」

 海から上がってきたのは、男であった。自衛隊の服をきていた。おぼろげながら記憶があった。海中トンネルでルシアにとりこまれていた坂田という男である。僕は安堵しつつもどことなくがっかりした。

「おーい!助けてくれー!」坂田がこちらに声をかける。

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