第26話

「ねえ愛子、やっぱりよく考えたんだけどさ。」

 男は女に言う。

「あのルシアってやつ、おかしくね?どうみても不気味だし、ドームの天井を一瞬で破壊するとか、怖いし・・・」

「そうねえ。」

「あれ、反対しないんだ。」

「何か私もさあ」女は頭を抱える。「どうしちゃったんだろうって。」

「僕も。なんかあの時・・・すごくルシアの事が・・・その・・・」

「好きになっちゃってた?」

「うん。あの香りのせいかなあ。」

「なーんかそんな気がするね。学、ごめんね。」

「ううん。でもいい暇つぶしだったし大丈夫だよ。」

「よかった。」

「そうだ、思い出した。」

「何?」

「あのファールフォーケン卿っておじいさん、前にみた事あったんだよな。」

「え!いつ?」

「愛子もみた事あるはず。校門の前に彷徨いていた、コガネムシを耳に当ててたキモい人。」

「あ、え・・・あ!」女は自ら驚いて奇声を発する。「あれが!あの、ファールフォーケン卿だったの!」

「うん。」

「探し物してるって言ってたね!」

「うん・・・。」

「あ・・・。」女がふと言葉を止める。

「どうしたの?」

「ふと思い出して、嫌な予感がするの。もしかして奈々子も健二も、その件で巻き込まれたんじゃないかなあって。」

「考えすぎだよ。」

「でもだって、健二が遠くに行く(?)前に、頭がちょっと変そうな女連れてたじゃん?高校の後輩でハーフのルーシーちゃんだとか言ってたけど。」

「ルーシー・・・ルシア・・・?」

「でしょ。あの子も何かあのルシアに似てる気がするし。あのあと健二もどこかにいって、奈々子もいなくなった。ねえ・・・やっぱり、巻き込まれたんだよ。絶対。健二が引っ越したってのも嘘なんだよ。」

「そうなのかな。学校の先生がわざわざそんな嘘つかないと思うんだけど。」

 女はポケットに手を入れる

「あ。」

「どうしたの?」

「親に帰宅の連絡しようと思って、携帯をあのドームに置いていっちゃった。」

「まじかよ・・・貸そうか?」

 男はそう言って携帯を取り出すが、その時画面を見て男は声を漏らす。

「え。」

「何?」

「今投稿で、謎の飛行物体がこっちに来てるってニュースがあるだけど、これって・・・。」

 女は男の携帯に写っている写真を見る。やや空の遠くにそれは写っている。顔の一部に穴が空いているが、それは間違いなく。

「ルシア・・・?」

 そして遠くの方から爆発音が響く。

「何?何なの?」女が空をきょろきょろと見る。

 どごおんと大きな音がし、男が「あぶない!」と叫んで女の手を引く。すぐにコンクリートの瓦礫がなだれ落ちる。

「一体何がおきてるというんだ!」

 男も空を見る。空は突然暗くなり、崩壊した顔の片目がこちらを見下ろしている。その顔が過ぎると、大穴があいて爛れた胸が見える。

「なんでルシアが!」女は叫んだ。「反逆者の処分じゃなかったの!」

「わからん!」男も叫ぶ。「ファールフォーケン卿もいない!とにかく危険だ!逃げよう!」

「そうね!逃げなきゃ・・・!」

 二人は共に逃げる。そして女が突然転ぶ。

「どうした愛子!しっかりしろ!」男は異様に興奮しながら叫んでいる。

「どうしてかしら・・・なんか気分が・・・」

「それは、ルシアの香りのせいだ!惑わされるな!惑わされちゃだめだー!!」

「そう、そうね・・・」女は立ち上がる。

「僕も負けない、負けないぞ・・・」男はそう言いながら涙を出す。「うう、ううううう!うううううううう!」

「学?」

「うあああああ!!おぅあああああ!負けるものか、負けるものかぁぁああ!」

「ちょっと!」

「・・・やっぱりだめだ!ルシア様、ルシア様ぁぁぁあああ!」

「学、どこに行くの!」

「ルシア様、あなたの元に生きますぅぅう!!!!!」

 紅潮した男は叫んで走り出し、そのまま女を置いてどこかにいってしまう。

「嘘でしょ・・・。」

 女は途方に暮れる。同時に、悲しくなる。そして心が燃えていく。怒りが男とルシアに向けられる。ルシアの蠱惑的な香りを忘れていく。

「生きてたら、絶対許さない。」女はそう言って立ち上がる。「ボコボコにとっちめてやる・・・!」

 女は先を歩く。

 逃げ惑う人たちもいれば、「ルシア様ぁああ!」と叫んで懇願する者もいる。どうしてルシアが暴走し破壊行為を行なっているか定かではない。女は携帯を取り返しにルシアがいたドームへと向かう。疾走する人々をかわしながら。

 天井が崩れた白いドーム。その中に入った時、女の後ろから「愛子!?」と声がした。愛子というその女が振り返って驚く。

「奈々子じゃない!どこにいたの!」

「ごめん、説明は後で。」奈々子はやや素っ気なく言う。

「あ、その人・・・」

 愛子は奈々子の後ろに、角材に縛られていた老人が少年と青年によって運ばれてるのを見た。縛られていたのはファールフォーケン卿である。青年は花澤健二だ。

「知ってるの?まあ知ってるよね。」奈々子は言う。

「なんで健二が?ルシアってやつが暴走してるんだけど、何で?」愛子が問いかける。

「それも説明は後で。」

 壇上にファールフォーケン卿が置かれる。そして花澤健二は天に向かって叫ぶ。

「ルシア!こっちにこい!話をつけてやる!」

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