第23話
「間に合った・・・あ、あれは!」間一髪、崩落した建物から脱出した花笑はルシアを見て叫ぶ。
「それにファールフォーケン卿!」ミトが憎しみをこめて叫ぶ。そして二人ともルシアの香りを吸わないため口を抑える。
ファールフォーケン卿は二人に気づき、そして笑い出す。「ふはははははは!!久しぶりだな、少年よ!」そしてルシアのペンダントから手を離す。そしてゆっくりと地上に飛び降りる。あまりにもゆっくりと。
「え、どうなってるの。」花笑は目を疑う。
「あれも蟲術です。多分、ルシアが空を飛ぶのと同じ原理です。」
「さすがマイラスの息子、よく勉強しているな。」ファールフォーケン卿は笑いながら言う。「ついでだから教えてやろう。蟲術の蟲とは、"神"であるプロテーア・クレアトゥーラの宿る蟲でもある。この蟲の開発に、私の一族は全力を注ぎ、化石に封じ込めた。」
「ならば聞きたいです。どうしてあなたはかつて人間だった頃のルシア王女を・・・」
その時建物の残骸からがららららと轟音が聞こえ、何かが立ち上がり、ミトは言葉を止める。
「な、何だあれは!」ファールフォーケン卿が狼狽える。奈々子の顔をした巨人が、空を浮いていたルシアの両肩を掴もうとする。
「健二・・・!」ルシアが言う。奈々子は嬉々とした表情を浮かべている。
「な、奈々子ぉ!!奈々子ぉぉ!」花笑は泣きながら叫んでいる。ミトはその花笑を恐れた。ルシアか、あるいは菜々子の香りにやられているように見える。
「何てことだ・・・」ミトは狼狽える。
奈々子はルシアの両肩を抑える。
「よし!ルシア王女よ!奴を"愛"せよ!」ファールフォーケン卿は手持ちの甲虫を口に当てて叫ぶ。
するとルシアは、肩を抑える奈々子に両腕で抱擁する。
「おい!ルシア!何をしてる!そっちではない!あ」ファールフォーケン卿はすぐに、ルシアと同種の生き物だから、普通に愛しているのだ、と考えた。「殺せ!」ファールフォーケン卿は叫んだ。「殺せ。殺すんだ。さあ。」ファールフォーケン卿は甲虫を撫でる。たちまち、ルシアのペンダントが光り、そしてルシアの顔から閃光。奈々子の顔が爆発する。
「花澤健二ぃぃぃぃいいいいいい!」花笑が叫ぶ。「貴様、奈々子を返せ!返しやがれ!こんな光景を、私は、見たくない!!!!!」
奈々子は首を曲げ花笑に笑いかける。目が潰れている。喋る。「大丈夫、もう返す。人間の"型"が、欲しかっただけだから。」そしてその顔が溶ける。溶けた顔から塊が、顔、首、肩、脇腹、太もも、そして足を伝って瓦礫にがらりと落ちる。塊が溶け、中からごく普通に気絶している奈々子が現れる。
「奈々子!」花笑が駆け出す。「奈々子ぉぉ!!」
「プロテーア・クレアトゥーラから、素体の人間だけを抽出できるというのか・・・?」ミトは呟く。花笑は奈々子を抱擁しながら大泣きしている。そして、奈々子の巨人であったのっぺらぼうの何かは腕を伸ばし、抱擁するようにルシアに巻きつく。ミトは気づく。「ちょっとまって、そうか、健二は自分の体を取り戻すために・・・。」
"健二"は右手でルシアの背中を抱き、左手をルシアの胸の傷に入れようと構えている。
「そいつを受け入れるな!早く殺すんだ!」ファールフォーケン卿が叫ぶ。ルシアは"健二"の左手を掴む。誰が見ても明らかである。あのルシアの首にぶら下がっている甲虫型のペンダントに、操られているのだ。あれを、破壊する方法はないだろうか。
「ぶぇばはははは、びふふふふ」気持ち悪い笑い声がすると思ったら、気の狂ったネムリダがいた。よく見るとベルトに銃が携帯されていた。こいつ、あの時、撃とうとはしなかったんだな、とミトは思った。もしかしたら、僕を刺そうとしたのはハッタリで、どうにかして自分を殺そうとしていたのではないか、と思いつつ、ピストルを鞘から引き抜き、弾を込める。
「あううううう!」ルシアは"健二"と取っ組み合い、うめきながら、再び閃光を放つ。今度は外れて、山のふもとが大爆発する。
イヤリングを撃ち抜かねばと思って狙いを定める。当たるかどうかは、自分を信じねばならない。ミトはここだ、と思って引き金を、引こうとした、その時、後ろから肘で首を引っ張られ、締め上げられた。ファールフォーケン卿である。
「小僧、貴様何をするつもりかな?」ファールフォーケン卿は息も絶え絶えに言う。「お前のずる賢さだけは本当に嫌いだ。貸せ。」ファールフォーケン卿はミトから銃を引ったくり、のたうち回るネムリダの側頭めがけて、パン、パン、パン、パン、パン、パンと六発打つ。そしてミトを突き飛ばす。
「銃というのはちゃんと人間に撃つものだ。」完全にただの穴となったネムリダの顔にファールフォーケン卿は弾のない銃を投げつける。「あんな遠くの奴じゃ届かないぞ。」
「何百年も生きて人殺しの心だけが身につくとか、随分とさもしいですね。」ミトはぜいぜい言いながらファールフォーケン卿に言う。「人間はどれだけ年月を得ても良くなるわけではない事を、身を以て証明しようとするあなたに、世界の改革なんかできるものですか。」
「ふっ。虚無主義めが。」ファールフォーケン卿はミトに近寄る。
「もう銃もダメになったし、我々が争っても無意味じゃないですか?」ミトは言う。「それよりも聞かせてくださいよあなたの話。あなたはなぜルシア王女をプロテーア・クレアトゥーラにしちゃったんですか。」
「ふーむ。」ファールフォーケン卿は立ち止まった。「それもそうだな。今は向こうの神々の戦いの方が重要であろう。お互い丸腰の私と君が取っ組み合ってもまったくもって不毛だ。そうすると暇だ。」ファールフォーケン卿は立ち止まる。「ならば聞かせようじゃないか、私とルシア王女の物語を。」
そして語ろうとした、その時、後ろでバンと爆発音が聞こえる。"健二"がルシアのペンダントを左手で掴み、粉々にしていたのだ。
「あぁ、畜生。」ファールフォーケン卿は諦めたように笑う。「世界が終わってしまう。」
"健二"・・・すなわち僕が左手でペンダントを掴んで粉砕した時、ルシアの動きが止まった。僕はその掴んだ左手をルシアの胸の傷に突っ込む。
「い、いいいいあああああ!」ルシアは叫ぶ。大変痛そうだ。
そんな事、知るか。左手から、僕を注ぐ。返せ、僕の体を。ルシアは苦悶のため顔を歪める。見つけた。僕の体。これだけは僕のものにならねばならない。胸の中の花澤健二を、僕は引き抜く。
「うあああああああ!」ルシアは叫ぶ。
僕は額をルシアの額に頭突きし、そのままルシアの片側の顔と融合し、中に入っていく。いまこのプロテーア・クレアトゥーラという生き物は、僕以外にルシアらしき魂の二つを抱えている。それが一つとなり、ルシア、お前の脳、そして魂と同期する。僕は全てを、何があったかを、知らねばならない。さあ、語れ。
ファールフォーケン卿とルシア王女の物語を。
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