第22話

「え、ちょっと。」

 奈々子が、抱えている脊髄のある蟹のようなグロテスクな生き物に呼びかける。ナイフはもう抜けて地面に落ちている。「健二?ねえ、健二?」

「どうしたの?」花笑は言う。

「健二が・・・冷たい・・・なんか、死んでるみたい。」

「え、そんな。」花笑が生き物に触れる。「え・・・。」花笑は息を飲む。

「ねえ、どうなの。」奈々子は言う。

「・・・・・・死んでる。」花笑はぼそりと言う。

「うそ、うそでしょ・・・」

 ミトがわなわなと言う。「も、もしかして・・・あのナイフの毒は・・・人間姿の時じゃないと劇薬なのでしょうか・・・」

 奈々子は唐突に真顔になる。

「プロテーア・クレアトゥーラって・・・」花笑が言う。「死んだら転生して蘇るんだっけ・・・」

「プロテーア・クレアトゥーラは転生するけど、花澤の魂はどうなるかわからない。」ミトは答えた。

「そんな・・・じゃあ、もう健二は・・・」花笑は全てを言うのを遮り、そして奈々子の様子を伺う。「ねえ、大丈夫?」

 奈々子は答えない。

「奈々子さん?」ミトも呼びかける。

「ちょっとだけ、この、身体、お借りするね。」奈々子は答えた。

・・・突然の事に花笑もミトも呆気にとられ、言葉を返せない。

「なるほど、一から、言葉を、喋る、為には、誰かの、真似を、しなきゃいけない、のね。」奈々子は言いにくそうに言った。「だから、ルシアも、私の、真似を、した、のね。」

「何を言ってるんだ・・・?」

「私は、健二くん。」奈々子は言った。

「え?」

「だから、」奈々子は花笑を向いて言う。「私は、健二くん。」

「奈々子、お前どうにかしちゃったんじゃないの。」

「私、わかったんだけど、プロテーア・クレアトゥーラは、」奈々子は花笑を遮って言う。「この、蟹、のような、生き物、ではないの。これはあくまでも、寄生、の、宿主。多分、同じ宿主を媒介して、蘇ってる。この、蟹、もまた、ルシア、と同じく乗っ取られてたもの、なの。」

「乗っ取られ?」ミトは驚いた。「・・・・そういうことか!」

「だから、これは、奈々子だけれど、私は、健二くん、なの。この蟹、から、分離して、奈々子に、入った。」奈々子はミトを振り返って言う。「今、ルシアがこっちに迫ってくる。私たちも戦わなくちゃ、いけない。」

「戦う・・・でも、どうやって・・・。」

「私が戦う。あなたたちは、」奈々子は言った。「祈って。」

「戦うってでも・・・わぁ!」花笑は悲鳴をあげた。奈々子が突如天井に頭を打ったのだ・・・身体が勢い良く伸びて。

「な、ななな、奈々子??」

「逃げて、ここの建物は壊れる。」奈々子はそう言いながらメキメキ、と音を立てて身体が大きくなる。

「えええええ!奈々子!?」

「とと、とにかく逃げましょう!」ミトはそう言って花笑の手を引く。花笑はミトについていくように、共に逃げる。



「あふぇひぇひぇ、どぶらばぁ」ネムリダがわけのわからない言葉を言いながら、日本支部の庭を楽しそうに駆け巡っている。「むひぇひぇひぇ、むひぇ〜。」庭には建物から落ちた人間が蹲っている。

「見てごらんルシア王女よ。」ペンダントにぶら下がりながら息苦しそうにファールフォーケン卿は言う。「あれが本物と偽物の違いだ。偽物は自分の事をわきまえていないからスナック感覚で発狂する。それは繊細なんてものじゃない、強いて言うなら・・・馬鹿なだけだ。」

「健二・・・。」ルシアは呟く。

「そんな奴の事は忘れろ。それよりも見ろネムリダを。自分が安心したいがために、誰よりも世界よりも自分が正しいとあろうとして、世界に負けてしまった奴の哀れな有様を。」

「健二・・・。」

「くそ、まったく。」ファールフォーケン卿は懐から甲虫を取り出す。「ルシア王女よ、あのネムリダを"愛"せよ。愛で燃やし尽くせ。」

「・・・・。」ルシアは悩ましげにペンダントにいるファールフォーケン卿を見る。何か葛藤している。

「ああちくしょう!健二とやら!花澤健二とやら!どこにいる!」

 木造の建物が突然轟音を立てて崩落する。

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