第三部
第21話
「ねえねえ。
女は男と歩きながら話しかける。
「うーん、まだ。」
男は答える。
「見に行こうよ。すぐ近くだよ。すっごくいいんだから。」
「すごくいい?」
「ルシア様といっしょにいると、体中じんわりして、すっごい、ふわふわした気持ちになるの!」
「はぁ。」
「そしてルシア様は私に微笑みかけてくださるの。最初は怖かったけど優しいんだなあ。」
「はぁ・・・。それにしても、これ、いい香りだな・・・。」
「でしょ?ルシア様の聖なる香り。もうちょっと歩いたら着くよ。」
「ほぉ〜。たしかにいいなあ。」
「奈々子もいたらなあ。」
「まだ行方が分からないの?」
「うん。連絡してるんだけど。」
「やっぱり花澤の後を追ったんじゃねーの。」
「それにしても何も言わずにってのが引っかかるのよねえ。」
「うん。」
「あーあ。」
「そういえば
「そうそう、びっくりしたー。」
「相変わらず何やら警告書いてたんだってー?最後ー。」
「ルシアは太平洋の怪物の蘇り、危険だからできるだけ離れて、てねー・・・
「彼女もどこにでもいるような・・・んと・・・・世の中への文句が言いたいだけの人間だったのかもなあー・・・。」
「ねー・・・ほんと・・・うん、ほんと、がっかりー・・・。」
二人は白いドームの前にいる。
「ああ・・・ここかぁ。」男はのんびりと言う。
「うん・・・着いた・・・・」
「自衛隊さんたちがいるね・・・・」
「うん・・・・ほら、ファールフォーケン卿の声も聞こえる・・・。」
「ふぁぁるふぉぉけんきょう・・・?」
「ルシア様の『ご意思』を伝える・・・預言者様ですって・・・。」
「はぁ・・・」
「中に入りましょう・・・」
「うん・・・」
「お前たちはこの世界に苦しみを覚えているだろう。」ファールフォーケン卿はマイクを持って言う。その声は反響して幾らか木霊も聞こえる。「人と人。そのしがらみというしつこく汚いものの中で歴史は動き、この世界は作られた。私はルシア王女と共にその歴史を見て来た。その限界も間もなく来ている。ルシア王女は人あらざる救済者。この凝り固まった世界に対する」卿は一呼吸置く。「"破壊ノ姫"だ。」
ドームの中から波のような歓声が鳴り響く。
「さらにお前たちは死への恐怖から自ら世間のしがらみに飛び込んでいるのだろうが、」卿は歓声を遮るように言う。「このルシア王女は永遠の生命をもつ生き物だ。だからしてルシア王女と一体になる事でお前たちは永遠の生を得る。男は生贄として、女は側女としてルシアと心を一つにするのだ。ここに新たな王国を築こう!」
再び歓声。男も女も「ルシア様ー!」「ルシア様、私をー!」と口々に求める。ドームの中でも若干窮屈そうなルシアはそんな彼らににこりと微笑みかけると、再び大きな歓声が来る。
しかしルシアは唐突に「健二・・・。」と呟いて、ドームの天井を見た。ファールフォーケン卿は舌打ちする。あいつ、失敗したな。もしやプロテーア・クレアトゥーラから花澤健二が蘇ったんじゃないだろうな。じゃあもう、契約をうち切ろう。早急に処置を取らねば。
「だが!その前にやる事がある!」ファールフォーケン卿は言う。「我々はこの王国を築くにあたり、反逆者たちを処分せねばならぬ!ネムリダという男がこの討伐団の指揮をしている。私とルシアはこれから彼らの制裁をしに出かけなければならぬ。」
そしてファールフォーケン卿は「ルシア、天井を破壊しろ。」と言う。ルシアは無表情で天を見て、そして閃光と共に天井が綺麗にさっぱり消える。ルシアは両腕を広げる。「ああ!」「行ってしまわれるのですか!」「行かないで!」と観衆は訴えるが、「しばし辛抱せよ。そして現政権に抗え!」とファールフォーケン卿は言って、ルシアの首についている長いペンダントに掴まって共に飛び立っていく。
「その後、ドームを突き破った巨大生物は」アナウンサーがVTR映像の後に説明する。「空を飛び、北上しているとの事で」その時スタッフがアナウンサーに耳打ちする。「失礼しました。偉大なる王女ルシア様は、ネムリダと呼ばれる反逆者に制裁を加えるために北に登り」
ネムリダはソファで力を失ったかのようであった。花澤の魂を保管する役割の名目で、自分にそれなりの安定を約束したはずなのに、どうしてこのような事態になってしまったのか、未だに整理が追いついていない。ネムリダの僅かな名誉のために述べておくと、そもそも瀬田奈々子が花澤健二を蘇らせる事がネムリダにとっては完全に想定外だったのである。しかしそのメカニズムは花澤がルシアと蘇らせる事と同じである。すなわちプロテーア・クレアトゥーラは、電波に非常に機敏な性質を持ち、"呼びかけた"者に反応するのだ。従って化石に興味を持った花澤にルシアは現れたのと同じように、花澤に呼びかけた奈々子に異形の花澤が現れた。そしてその瞬間をルシアに感知され、ファールフォーケン卿に知らされた。つまりネムリダはあまりにも重大な事故を光の速さで卿に知らせてしまった、という事である。
「あ、あああ、ああああ!」窓を見た隊員が叫ぶ。「見え、見えます・・・!」
ネムリダは窓を振り返る、腕を広げた大きい影が白い曇り空に見える。
「い、いい匂いだ!!」先ほど叫んだ隊員は窓を開ける。「ああああ!いい匂いだ!」
「馬鹿!開けるな!」ネムリダが慌てて窓に向かうが、隊員は「ル、ルシア様ぁぁあああ!」と叫んで窓の外に駆け出し、そのまま3階下の地面へと落ちていった。
こちらを見ながら接近してくるルシアと、首にかけてるペンダントを掴んでぶら下がっているファールフォーケン卿。圧倒的怖れを感じながらもえも芳しき香りは、自分の苦しみを救済するようであった。幾ばくの予知能力とそれをカバーする彼の知性は、ルシアの香りというほんの繊細な人押しで粉々に撃ち砕け、口やら目やら皮膚から涎と涙と汗などの体液がドロドロと流れ、「ふひ・・・ふひひひ・・・あぁぁん、うぅぅぅぅん」と訳のわからないうわ言をつぶやき始めながら、溶けたような顔でルシアを見つめる。
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