第20話
やっと目覚めた。今まであちこち漂っていたが、このように身体を持つと一気にこう血の巡りを実感して心地よい。
奈々子。やはり君が呼びかけたんだね。懐かしい。でも僕をみてすごく悲しそうな顔してる。そして泣いてる。なんでだろう・・・そして、奈々子を慰めているお姉さんは誰だろう。傍にはあのミトが。なんだろうこの集団は。ミトは血相を変えて大人の男に問い詰めてる。
「どういうことだ!」
大人の男は諦めたように顔を背けながら言っている。
「これは・・・私も分からないが、おそらくプロテーア・クレアトゥーラの本来の姿だろう・・・。しかし魂は花澤健二そのものだ。プロテーア・クレアトゥーラは魂一つ、唯一無二の存在となったために、誰かの魂を借りないと複数誕生しない。」
「こんなの、こんなのって・・・」奈々子はしゃくりあげながら言う。「耐えられない・・・」
「これを・・・ファールフォーケン卿に・・・運ばねば・・・」大人の男が僕に手を近づける。
「まだ終わってないですよ、ネムリダさん。」ミトの声。大人の男が真顔になる。
「何だ。」ネムリダという男が僕から離れる。
「個人的にお伺いしたい事が一つあります。」ミトは言った。「僕の父さんとあなたは良き同僚だった。その頃もあの、ファールフォーケン卿とつながっていたんですか?」
「・・・・・・そうだ。」ネムリダは重々しそうに答える。
「ということは、ということは・・・」ミトまで泣きじゃくった声。「お爺ちゃんが封印した南極のルシアを、あなたが監視してましたよね。もしかして・・・」
「私は言われた通りルシアを見ていただけだ。しかし、南極の復活の予感を感知した時に・・・」ネムリダはうつむく。「・・・君の父に南極に行かせるよう指示したのは、私だ。」
ミトは息を飲む。
「平和の為には・・・仕方ない・・・」
「どういう意味なんですか!」ミトは叫ぶ。「平和!?は!?平和!?」
「君の父を生贄に蘇ってもらうためだ。世界をぎりぎりのバランスまで安定を保つ為には、ルシアをひたすら殺すよりも、ルシアを一旦完全まで蘇らせた上で目の届く範囲で永遠に支配できるような存在が必要だ。」ネムリダも少し声を張り上げる。「その存在、すなわち、ファールフォーケン卿と出会ったときに私は実感した。卿がルシアを完全に操縦する立場となった時に誰かが反対意見を言わねば卿は暴走を重ね、世界は健全になれない。だから君たちのような反対組織も必要。これはさっきも言ったな。一方で、君たちは彼にルシアを引き渡すことを絶対受け入れない。指揮者は明らかに私情に塗れており、冷静で公平な政治性を彼に求める事ができない。だから私が代わりに反逆者のリーダーになるしかない。そして、南極のルシアは、君の祖父の血筋を持った者を必ず求めるだろう。これら全てがうまくいくためには、君の父を南極に生かせる他なかった。これらは全てファールフォーケン卿と取引した結果だ。」
「だから、父の死体は見つからなかったんですね。」
「そう。取り込まれたから。ルシアがまさか初っ端から殺されるのは計算違いだったがね。ユーラシア大陸での本部がルシアに燃やされると直感した時に、そうしたルシアを殺せる実力者を皆本部に残しておいた。全員焼け死んだが、ルシアの炎は完全な灰となるので残りもしないから大丈夫だ。」
ミトは腰につけた柄を握ってナイフを取り出す。奈々子を慰めていた女が慌ててその腕を抑える。
「ちょっと!」
「あなたが私たちに協力するのなら生かそうと思っていましたが」ミトはもう泣いてない。「父を亡き者にする原因だったばかりか、排除しようと思った、しかもつい最近も仲間を巻き添えにして平気な顔だなんて、もはや、殺す。」
「その毒のナイフでか?」ネムリダは逃げもせずに言う。「いいだろう。なぜここまでペラペラと敵の秘密を話したか。それはもう、こうなってはどうしようもないから、死ぬ為だ。永久に眠らせるも良し。致命傷を与えて殺すのも良し。好きにしろ。」
ミトはナイフを下ろした。女は手を離す。ミトは呟く。「あなたのその、あまりに、ひどい、人格が・・・とても能力ある人間とは思えません・・・それも悲しいです・・・。」
「ミト、お前はまだ子供だ。人格というのは永遠に変わらない。確かに私は小さい。しょうもない。理屈でしか動けない。それを完全に心得てるからこそ、私はここまで上り詰めた。」
「・・・できません。」
僕は何かよくない事が起きる事を予感した。走り出す。戸棚の上を上がる。
「じゃあ、これはどうだ!?」ネムリダはそう叫んでミトのナイフをひったくっている。奈々子が立ち上がる。
「秘密を、守ってもらおうじゃないか!腰抜け!」
そう言ってネムリダはナイフをミトに突こうとする。
ミトを突き飛ばして涙目の奈々子が両手を広げる。
僕は天井から奈々子に飛びかかる。
「あぁ!」奈々子が叫ぶ。
「あ。」女が息を飲む。
倒れたミトが呆然としている。
「え。」ネムリダはわけもわからずナイフを振る。
そして僕は、アサシンナイフに背中を刺される。
「そんな・・・」奈々子は声を上げている。僕は落ちていく。
痛い。そして何かが背中の中に広がっていく。毒だろうか・・・やはり毒だ。また意識朦朧としそうである。僕は奈々子の足元に転がっていたようだ。この弱った身体を必死に動かし、奈々子に向かってなんとか這っていく。
「やめて・・・健二・・・もう無理しないで・・・」奈々子は懇願する。
扉が開く音がする。
「そこにいましたか!」誰かが叫ぶ。「大変です!ファールフォーケン卿が自衛隊を乗っ取り、この国に自分の王国を築く、反逆者を処分する、と叫んでいます!あなたに名指しで!」
「なんだって!?」ネムリダが叫ぶ。「どうしてだ!!」
「協力してくれると思ってたんですね。」ミトは冷たく言った。「本当にあなた、能力あるんですかね。」
ネムリダはすぐにニュースを確認しに戸外に出る。
「あの人、」花笑はミトに言った。「多少は能力あると思うんだけど、ほとんどずるい大人なだけなんだと思う。会った時からなんかしっくりこなかった。ミトには申し訳ないけど。」
「そんな。じゃあなんであんな皆、超能力者だと信頼してたんだ・・・。」
「正しいことしか言わないクレイジーなサイコって、良心の身についてる人にとっては超能力者と似たようなものなのかもね。」
自分は誰かに持ち上げられる。見上げると奈々子が僕を抱きかかえている。
「花笑・・・健二はもうだめ・・・?」
奈々子が、花笑という名の女に話しかけている。
花笑は悲しそうに首を振る。
そんな。
いやだ、死にたくない。
僕はしなきゃいけないことがあるんだ。
毒の回ってない部分があった。
細胞幾つ分だが。
僕は、その部分に"移動"した。
そして体から離れた。
全てが見えなくなり、全てが聞こえなくなったが。外気は感じる。僕はそのまま伸びていく。誰かが僕の訴えを聞いてくれる事を、信じて。
ルシアを、助けなきゃ、と。
[ それは奈々子の腕に降り立つ。]
(第二部 - 終わり)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます