第18話
「いやあ、この通り安全に隠すドームを作ってくれて感謝するよ、井出海将補。」ファールフォーケン卿は言った。
「いいえ。」ガスマスクをつけた井出海将補はくぐもった声で返事した。
「ひとたび覚醒すれば、自力で永遠に生き続けられる。命令すれば眠り続ける。」ファールフォーケン卿は振り返りながら言った。「これほど飼いやすいペットもなかなか無いだろう?」
「え、あ、まあ・・・・」井出はしどろもどろに言った。体育館ほどの大きさの部屋で白いルシアが横になって眠っている。寝息の動きすら見せないので死んでいるように見える。
「海将補はガスマスク外さないんですか?この上ない幸せの中に入れるのに。」ファールフォーケン卿がニヤつきながら言う。
「じょ、冗談じゃない。わ、私まで坂井みたいになってたまるか。気色悪い。」井出は何やら葛藤するように言った。まるで、坂井みたいになりたい気持ちを隠しているように。「そして、これは、核に匹敵する兵器だ。私情を交えるわけには、いかぬ。」
「まあそれはその通りかもな。」ファールフォーケン卿はそう言って、破壊ノ姫に振り向く。「ルシア王女。私が好きか?」
ルシアの目が開く。そしてファールフォーケン卿をじっと見つめて言う。
「私はあなたのことが、"好き"ではない。」
ファールフォーケン卿はにこりと笑う。「そうだ、それでいい。」
ルシアは目を閉じる。
「好きじゃない、のにあなたに従うんですな。」海将補は訝しげに言った。
「そうではない。そもそも"好き"にならないように命令している。」
「なぜだ?」
「今のこいつにとっての"好き"は、坂井と同じように取り込んで喰っちまおう、というのと同じなのだ。」
生殖。
「"好き"といえば一つ思い出した。海将補、あなたもルシア王女の愛を受けて見ないか?」
「取り込まれるんだろう?お断りだ。」
「嫌ですねえ。海将補とあろう、経験豊かなお方が"好き"と"愛する"の見分けもつかないなんて。」女のような口調で卿はいやらしく言う。「とっても楽になれる、ただそれだけですよ。今なら特別、海将補だけに、ルシア王女の真心の愛を向けるよう私が指示を出しますよ。」
「バ、バカにしているのか。」
「いえいえ。海将補もお疲れでしょうし。」
「とはいえ、こんなに、その、大きさに差があって、どうやって愛されるというのだ。」
「指先一つの愛だけでも価値があるのだ。ルシア王女というのは。」ファールフォーケン卿は椅子を引きずりながら井出の後ろまで運び、そして椅子の足で井出の膝を軽く小突いて座らせる。
「どういうつもりだ。」
「恩返し。私なりの。」ファールフォーケン卿は笑いかけた。「私とあなたが共にいる限り、息抜きの時間を約束しようじゃないか。」
側にはルシアが眠っている。その顔は美しい。
井出はしばらく黙る。そして、つぶやくように言う。
「じゃあ、一回だけ、試して見る・・・。」
卿は懐から甲虫を取り出し、そしてそれに囁く。「ルシア。井出竜也海将補を愛せ。指先一つ分。」
横に寝そべっていたルシアはハッと目を開け、そして起き上がる。前にいる井出を見つめる。井出は柄にもなくぶるぶると震えている。ルシアは右手を指差すような形にし、そして巨大なその指で井出の胸を当てる。ルシアがにこりと笑うと、井出は自分の体の変化に気づく。
「おお・・・体が暖かい・・・体が・・・」井出は手のひらを見つめる。「これが、その、楽になる効果か。体がポカポカする。暖か・・・熱い・・・熱いよ、え?」井出の手の甲から血がぼとぼとと落ちる。「おい!ファールフォーケン卿!熱い!やめてくれ!おい!」
「じきに楽になれますよ、元・海将補。」ファールフォーケン卿はもがく海将補の後ろから語りかける。
「おい!私を殺す気か!やめろ!止めてくれ!ああ!」井出の手が発火した。まもなくその火は全身に引火し、「あぁああぁっ!」という悲鳴を一瞬上げるかと思ったら椅子から転げ落ちて無言でのたうちまわっていた。
「"好き"とは興味、"愛"とは生殖と破壊。」ファールフォーケン卿は炭となりつつある井出を見ながら言う。「しかしプロテーア・クレアトゥーラは唯一無二。生殖などいらない故、破壊のみが残る。破壊こそが、神の愛。」
扉が開かれた。海将補の悲鳴を聞いて隊員たちが駆けつけたのだ。
「お前たちよく来たねえ。」ファールフォーレン卿はにこにこと笑っていた。「今日からここは私たちの根城だよ。そしてお前たちは私の奴隷だ。」
「海将補の仇!」井上という男が銃を取り出して叫んだが、すぐに銃を持った手が溶けて銃が落ち、そのまま砂袋のように地面に突っ伏して身体が炎上する。
「歯向かう者にはルシアの愛を。」ファールフォーレン卿は井上の燃える炭を見ながら言う。「他に立ち向かう奴はいるか?」
隊員たちは動けない。卿がどうやって井上を殺ったのか、理解できていない。ルシアの蠱惑的な香りが隊員たちの頭を惑わせている。徐々に厳しい顔が緩んで来ている。
「銃を下げろ。私はお前たちの仲間だ。救済者だ。」卿は言う。「ここを神殿とし、世界を統治するルシア王女さまを祀ろう。この混迷を深めた国を、一つにまとめようではないか。」
「誰が、お前の思い通りに・・・」もう一人の隊員樋口が抵抗する様に言う。するとファールフォーケン卿はポケットから甲虫を取り出しそれに話しかける。するとルシアは隊員たちを見つめ、「お願い。」と話す。隊員たちの心はそれに反応せずにはいられない。
「ルシア・・・」樋口がそう言ってルシアを見て、そして涙目になる。「ルシアさま・・・くっ・・・ルシアさまぁ・・・」
そして跪く。それに続いて他の隊員もルシアに跪いてしまう。ファールフォーケン卿はそれを見て嘲り笑う。
「むははははははは・・・・むはははははは、ふーはははははははは!」
そして卿は再び振り返りルシアに対して叫ぶ。
「ついに、この時が来た!あまりに長い時だった・・・!私はお前とともに、世界を支配しよう!そして永遠の楽園を築くのだ!」
ルシアはにこりと笑う。
ルシア。やめろ。
僕はそう訴える。
ルシアはこっちを一瞬見るが、何のことかわからないらしく、すぐ狂乱するファールフォーケン卿に笑いかけている。
「また見てるのかあいつを。そのうち君を惑わす霊も消えてくれるだろう。」
卿はルシアに囁きかける謎の言葉。
目の前の光景が、ぼやけてくる。
なぜだ。誰かに呼び止められて、吸い寄せられていく様な・・・。
「私の忠実な弟子があの霊魂を確保してくれるからな。」
弟子・・・?誰だ・・・?
そして僕はどうなるんだ?
僕はどこに行き着く?
僕は・・・。
暗い・・・。
見えない・・・。
誰かが、泣いている。
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