第17話
「花澤氏についてだが。」
ある日ネムリダは日本支部の木造りの廊下を歩きながら奈々子と花笑に話しかける。
「彼は死んでいないが、しかし、どこかにいるのを感知した。」
「どこかにいるって・・・?」奈々子が不安げに言う。
「霊体?」そして花笑が答える。
「そう。」ネムリダは頷く。「当然問題になるのは花澤氏の肉体だが、その、破壊ノ姫はファールフォーケン卿と同じく、人を体の中に取り入れる性質があると思われる。霊体は彷徨っていていても、もしかしたら彼の肉体はルシアの中に・・・」ネムリダは口ごもる。
「それは分かっています。」奈々子は早口に遮った。「あれが空を横切った時、健二君と目があうのを感じたから。」
「そうか。多分それは・・・」ネムリダは菜々子の目を一瞬見、そして花笑に尋ねる。「どう思うかね?」
「正しいと思う。確かに奈々子は花澤君を観たと思う。」花笑が答えた。
「そう、その通りだ。さすがだ。」ネムリダは言う。しかし花笑は褒められたのにどうも浮かない顔をしている。ネムリダは続ける。「だから花澤氏の肉体はルシアの中にいるが、その霊体は、漂っている。空を横切ると言えば、もうすでに破壊ノ姫ルシアは二つ破壊活動をしている。」
「海上自衛隊の飛行機の空中分解?」奈々子は言った。既にニュースになっていたのである。
「そう、それと、本部で起きた小さな火災。」
「もうやられたんですね。」
「ああ。こっちでは外国の片田舎の小屋で起きた火事だったのでニュースにもならなかったが、ピンポイントに本部施設を破壊した。しかし破壊活動はそこで止まっている。だからファールフォーケン卿は、あの時の伝説とは違い、ルシアを操る何らかの方法を得ている可能性がある。蟲術か・・・。」ネムリダは扉を開き、リビングに二人を先に入れながら言う。「ミトくん、彼は、海将補と手を組んでると言ったよね?」
「あ、はい。」ミトはリビングの椅子に座りながら言う。
「多分、海将補は卿に操られている。卿はこの国を乗っ取るつもりだ。わざわざ協力者の輸送機を破壊したのがそれを示している。脅しの可能性がある。」ネムリダはやかんに火をつけながら言った。「仮に本当にヘマだったとしても、脅しとしての利用はどちらにしろ可能であろう。この国は、変わる。お二方、それを覚悟した方がいい。」
花笑は頷いたが奈々子は納得できずに言い返す。
「でも・・・それを食い止めることはできないのですか?」
「我々の任務は、破壊ノ姫ルシアを停止させる事、そして花澤健二を何らかの形で救出する事。」ネムリダはきっぱり言う。「世界の破壊を食い止めるにはこの二つしかない。」
「当初はこの有毒ナイフで覚醒前のルシアを眠らせ、永らく腐らせるつもりだったが」ミトはナイフの柄を奈々子に見せる。「失敗してしまいました。」
「そんなわけでもうルシアは覚醒してしまったのでBプランだ。事態は一刻の時を争うが、失敗すれば世界は滅びる。だから一国の出来事など一々気にしていられないのが我々の限界だ。すまない。」
「でもルシアの事をだれかが伝え広めればあるいは・・・」奈々子は口ごもる。
「意味がない。それに混乱が増える。」ネムリダはきっぱりと言った。
「でも・・・」
「彼の言う通り、奈々子。」花笑は言った。「私はこのまだ拙い能力を使って色んな事をブログに書いた。最初は役に立てたら、何が意味があったら、と思って。時々間違えもしたけど、予言のいくつかは当たった。結果、一方で私の信者のような人が群がって、もう一方でとにかく批判する人たちがいるだけだった。共通するのは、ただ彼らは予言の整合性を意外と気にしてなくて、ただ楽しみたいだけ。私が本当に伝えたい態度は誰も実は聞いてないことに気づいて、諦めて私もそれを楽しむ事にした。ヤバい情報ほど、別の興味に飛んで行っちゃう。意外と無力・・・。」
奈々子は黙ってしまう。やかんの水が沸騰して音を上げる。
「お茶を入れなきゃいけませんね。」ミトがそう言って食器棚へと向かった。
しかし、奈々子は駆け出してしまう。花笑もミトもどうしたのだろう、と顔を見合わせる。ネムリダは花笑に近づき、そして耳打ちする。
ノックの音。奈々子は個室のベッドに蹲ってぐすぐすと泣いている。
再びノックの音。
「奈々子。私。花笑。あけてもいい?」
奈々子は返事ができない。だが拒否の気持ちはない。
「あけるよ。」
花笑が入ってくる。奈々子は花笑に背を向ける。
「大丈夫?」花笑は心配そうに声をかける。
「・・・大丈夫、じゃない・・・。」奈々子はしゃくり上げながら言う。
花笑は奈々子の方に手を添える。
「・・・何、してるの・・・?」
「気持ちが楽になれたらと思って。」花笑は手を添えたまま言う。その手はあまりにも暖かい。
「・・・やめてよ。」奈々子は花笑の手を払いのける。
花笑はなにも言わなかった。
しばらくの沈黙。
「あのね・・・。」奈々子は落ち着いている。「本当の、本当の事を言うと、私は花笑のこと、うらやましい。」
花笑は何も言わない。
「ここって日本語は喋れても日本人は私たちとあと事務の洋二さんって人だけしかいない。だから心細くて。」ここでちょっとの間が空く。「花笑はでもここの手助けができて羨ましいなあって。」
「・・・・・・あのさ」
「ミトもネムリダも、ルシアに関してはプロ。」奈々子は花笑の言葉を遮る。「そして花笑はそのプロに育てられながら、自分の才能を生かしたお手伝いができる。」
何か言いかけてた花笑はハァとため息をついて言葉を失う。
「私は・・・ッ。」奈々子はまた悲しくなっていく。「何も、できない・・・。」
「私たちは、ただあなたと同じ、花澤くんを助けたいだけ。」
「それは私も同じ。」奈々子は冷たく言う。「むしろ、同じだからこそよ。健二と友達でもない皆が、彼のために何かしてやれてるのに、私は、私は・・・。」
「あのね。」花笑は奈々子の肩を触れて言う。「ミトはあなたが必要と言った。それはルシアの情報のためだとか、あなたを保護するためなのかもしれない。でもネムリダも、あなたのことを必要だと言ってる。大切にしてあげなさい、って言われた。」
「本当に・・・?何で・・・?」奈々子は花笑に依然背を向けながら言う。
「ルシアと花澤君を両方とも知ってる唯一の人だからって。」
「どう言うこと?」
「私もわからない。ネムリダは何を言ってるのか・・・。」今度花笑が奈々子に背を向ける。「とりあえず、今は奈々子は出番じゃなくて、ひたすら情報収集する段階なのだと思う。だからみんなの話をよく聞いて。大丈夫だから。」
奈々子がベッドがから起き上がる。「花笑・・・。」
「何?奈々子。」花笑は振り返る。
「ありがとう。」奈々子は笑顔で言う。
花笑はふ、と笑って「いーえ。こちらこそ。」と言い、その場を後にする。
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