第15話
「落ち着いた?」車の中で花笑が奈々子に話しかける。
「うん、でも・・・」窓の外には雄大な自然が広がる。「健二くん・・・。」
「やっとついた。ここが僕たちの秘密の基地だ。」ミトが言う。「さあ、降りよう。」
車は徐々に速度を緩め、山に立つ一軒家の駐車場に停まる。扉が開き、ミト、花笑、奈々子の順番に外にでる。
「なにここ。いい香り。」奈々子が言う。
「あ。」花笑が声をあげた。空を見ている。ミトも見て息を飲む。奈々子も何事かと二人が見る方の空に向くと、白い翼を広げた大きな何かがこちらに向かって飛んでいる。その何かは前を向いた人の顔がついていて、その顔は紛れもなく・・・
「ルシア・・・。」
ルシアの首にはやけに長いペンダントがぶら下がっている。肋骨が開いているからか、胴体は奇妙な形をしており、その胸の間から腹にかけて黒い裂け目があった。奈々子は裂け目の中から何か視線を感じた。そしてルシアは過ぎ去って行く。一応人の形なのだが、もうあの時の面影は無いように奈々子は感じられた。
「襲ってこない・・・なぜでしょう。」
ミトは困惑する。奈々子はそれよりもルシアの裂け目の事が気になっていた。
「どうしたんだ?」花笑が奈々子に話しかける。
「多分、あの中に、健二がいる。」奈々子は信じていた。「目があった。絶対そうだと思う。」
「・・・・・・留守だ。」ミトは携帯で電話していた。
「どなたに・・・?」花笑は訊ねる。
「ヨーロッパの本部です。嫌な予感がします。ヨーロッパに向かっているかもしれない。」
「その通り。」背後から穏やかな声が聞こえる。「久しぶり、ミト。」3人が振り返ると長身の物腰柔らかな男性が現れた。「初めまして、私は、ネムリダ。本部の研究員の一人です。」
ミトは言った。「ネムリダさん、こちらはルシアと花澤をよく知る奈々子さん、そして奈々子さんの友人の花笑さん。この方も優れた霊感がありまして連れて来たのですが、ぜひあなたのお弟子として紹介できればと思いまして。」ミトは花笑にウインクする。
ネムリダは花笑を見て笑いかけた。「かまいませんよ。まずは幾つか調べると思いますけど。」
花笑はちょっと当惑したように言った。「え、この人?」
「そうだよ、あの時の。」取引で教えると言った人。
「へえ・・・」花笑はしげしげとネムリダを見つめる。
「しかし、驚きました。どうしてここに?」ミトは言った。
「僕らの本部が壊されるのをすでに感知した。だからすぐに移動したんだ。ほかの仲間はここの各地に分散している。時間がなかったので連絡せずにすまなかった。」ネムリダは言った。「そっちは何か動きを見たか?」
「ルシアの誘拐には"敵"が絡んでいます。ファールフォーケン卿と名乗る男で、例の者エドマンドの可能性があります。」
「ファールフォーケン卿・・・ふぅむ、そうなのか。」ネムリダはちょっと納得のいかない表情である。「本当に彼なのか?」
「わかりません。厄介なことに、この国の国防軍と手を組んでいると見られます。井出海将補と共に歩いていたので。」
「まあ、とりあえず、自衛隊はルシアを抑止力として飼育しよう、という感じなのだろうな・・・。」
「あの、すみません。」奈々子が声をかけた。「ひょっとしてそのファールフォーレン卿って、黒いコートにサングラスを掛けた背の高いおじいさんのことですか?」
「そうです。」ミトが言った。
「やっぱり・・・。ルシアがその人にひどくおびえていた。
「甲虫だって?」ネムリダが奈々子に話しかけた。「それは本当か?」
「はい。」
「虫を耳に当てて声を聞くのは、失われた王国の異端の技である"蟲術"のひとつだ。」
「蟲術!?」ミトが驚く。「ファールフォーケン卿の持つ技ではありませんか。」
「そうだ。」ネムリダは言った。「私もハッシュヴィル家から伝説だけ知っていて、そのメカニズムは知らない。島はハッシュヴィル家と卿以外はみな滅んでしまったのだから、扱えるのはファールフォーケン卿本人しかいない。そして伝説では蘇生したルシアはなぜか彼に怯えていた。だから奈々子さん、あなたのその話は、非常に問題を孕んでいる。」
「・・・どういうことでしょう?」
ネムリダは空を見て言う。
「今いるファールフォーケン卿と、伝説のファールフォーケン卿は、おそらく同一人物だ。」
「そんな馬鹿な!」ミトは思わず口走った。「何百年も生きてる事になりますよ。」
「そうだ、しかし奈々子さんの情報が正しければ、少なくとも同じ魂を持ってる確率は高い・・・。」
「そんな・・・。」
頭を傾けるミトとネムリダに、奈々子も傾げざるをえなかった。謎が謎を呼んでいるのは確かである。
「とりあえず中に入りましょう。」
ネムリダはそう言って、皆を案内するために道の先方へと歩いて行った。
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