第14話

「ここが、ABYSS娘アビスコの根城という事ですか?」

 扉の前でミトは言う。

「もとい、本名、花笑はなえ。」奈々子は答える。「まあ、根城といっても、マンションの一室だけど。」

 そしてドアホンのボタンを押す。返事がない。構わず用件を伝える。

「奈々子よ。連絡したでしょ。開けて。」

 ガションという音がして扉のロックが外れる。奈々子は中に入る。服や紙や本や袋が散らかった汚い部屋。部屋の隅にボサボサ頭で膝に乗せたノートパソコンを見つめているこれまただらしなそうな女性が奈々子を見て鬱陶しそうに言う。

「何だよ。奈々子。いきなり紹介したい男の子がいるって。嫌な人じゃないだろうな?彼氏だったら帰ってくれ。」

「そんな事はないよ。むしろ花笑の助けを求めているの。ほら、ミト、おいで。」金髪の少年が入る。

「なんだよ、本当に男の子じゃないか。さては奈々子・・・」と言いかけて花笑というその女性は息を飲む。「え、き、君は・・・!」

「初めまして。僕はミトです。」ミトは動じずに自己紹介する。

「ミト、か・・・き、君は、ヤバい。」ブログよりもさらに酷い語彙で花笑はわなわなと口を震わして言う。「も、ものすごいカルマを背負っているようだな・・・太、太平洋の、か、怪物の。」

「さすがですね。」ミトはにやりと笑った。「一目見て僕の正体を見抜くとは。」

「え、だって、奈々子、見てわかるでしょう?」

「私は全然。ミトとやりとりしてようやく、何となくわかったって感じ。」

「そうか。」呆れた様に花笑は言った。「で、何だい?サプライズパーティでもしにきたのか・・・?」

 妙な言い回しにミトは困惑する。

「気にしないで。」奈々子はくすりと笑った。「花笑はそういう人だから。」

「・・・用件は何だよ。」花笑はぶすっとした顔で言う。

「あなたにちょっと見てもらいたい事があるんです。見るって、その、霊視ってやつですかね。」ミトは言った。「用件は次の3点です。花澤健二の今の状態。ルシアの今の状態、そして私たちのするべきこと。」

「いいけど、その見返りになんかくれんの?」

「ちょっと花笑!」奈々子が怒るが、ミトは手を上げて静止させる。「いいです。私のチームで、ここにはいないけれど非常に優れた感応者がいます。今まで私が今住まわせてもらっている国の政府に助言をした実績が多数。彼から無料で、あなたのもつ力について教えてもらう、これでどうですか?」

「・・・ふふ。」花笑はニヤリと笑う。「まあ見返りがなくてもやるつもりだったが、そりゃありがたい。こんなクソみたいな生活からさっさと出たかったからな。ミトと言ったな。手をよこしな。」

 ミトは右手を花笑に差し出す。花笑はその手を掴む。

「おーう可愛い手だねえ、可愛い・・・」そう言いながら手を撫でた、その時、花笑は目を見開いて奈々子に鋭く叫ぶ。

「早く、電話して!健二、て人に!」

「・・・え・・・でも電波が・・・?」

「説明してる暇はない!早く!」

 奈々子は携帯を取り出し、花澤健二の電話番号を入力する。

 驚くことに、すぐに健二は電話に出た。

『もしもし。』

「繋がった……。」ほんの2日ほどなのに奈々子は懐かしい気持ちで一杯になる。「どこにいるの、今。」そう奈々子が聞いてると、花笑はまどろっこしそうに、「はやくルシアって奴と引き返せって言え!」と小声で言った。

『菜々子、ごめん。』唐突の謝罪。

「え。」

『もう君とは、大学とはお別れだ。』

「どうして?」急な展開についていけない奈々子。

『理由は言えない。それに今は忙しい。』ごうううと言う轟音が受話器から聞こえる。

「ちょっと待って、その音は何?」奈々子がそうオロオロとしていると、花笑が「言って!ルシアと一緒に逃げろって!さもなくばトオルが死ぬ、ルシアが変異する、世界が崩壊する、と!」と鋭い剣幕で叫ぶ。

「わかったから!」奈々子は言い返し、そして受話器に向かって一気にまくしたてた。「健二、聞いて、あなたは今すぐルシアと一緒に引き返して、そして逃げて。じゃないと、ルシアが」

『ごめん、もう行かなきゃ。』

 健二の声に遮られた。

「え、まって、健二!」

 電話が切れる音。奈々子は一気に膝の力が抜け、その場に崩れ落ちた。

「間に合わなかった。行っちゃった・・・。」奈々子の目から涙。「そんな・・・私の馬鹿・・・。」

「まあギリギリだったんだ。仕方ない。」花笑はぶっきらぼうに言う。「でも、大変な事になりそう。」

「そうですね。すぐに、出発しなければ。」ミトはそう言って自分の携帯電話を取り出した。「大至急、車を頼みます。位置を送信します。」

「どなたに・・・?」花笑が放心状態の奈々子の代わりに尋ねる。

「私たちの仲間です。ルシアを制御するための。もうじき車の迎えが来ますが、あなたがたも同行しますか?」

 花笑は奈々子に囁く。「奈々子。健二を助けに生きたいんだろう。私も、このまま放ってはいられないよ。」

 奈々子はこくりと頷き、それを見て花笑はミトに頷く。ミトは再び電話を取り出し、「それと、今回の事件に関し証人と、霊感持ちの二人を確保しました。彼らの護送もお願いします。」と連絡した。

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