第12話

 ミト・ハッシュヴィルが自分の出生の秘密を聞かされたのは10歳の頃である。小さな頃から武術や化学や考古学や航空術、特にプロテーア・クレアトゥーラについて勉強するのがなぜか幼いミトは分からなかったが、ハッシュヴィル家伝統の習わしなのだろうと、その程度に考えていた。

 だが6つの誕生日を迎えた嵐の翌日、ミトは父に呼ばれ、広いリビングで向かい合わせに座った。

「ミト・ハッシュヴィル。」父マイラスは厳かに言う。「お前はハッシュヴィル家の秘密を知らないであろう。」

「お父様、僕は秘密は知りません。ハッシュヴィル家は、孤島の失われた王国の家臣の末裔と言う事だけ知っていますが。」

「その通りだ。ミト。そしてそこに重大な使命がある。」

「使命・・・?」

「失われた王国はなぜ失われたか。なぜ、名前で呼ばれない程に記録が一つも残っていないか。それを知るのはハッシュヴィル家と周辺だけだ。」マイラスはここでしばし沈黙し、そして言葉を続ける。「王国の王女ルシアがプロテーア・クレアトゥーラと呼ばれている魔獣に魂を移植され、怪物に変貌してしまった、そして王国を破壊し尽くしたからだ。」

「怪物・・・?」

「我々は怪物の名を"破壊ノ姫"と呼んでいる。」マイラスは暗い目でそう言う。「身の丈、5人分あったと伝説では語られている。最初に現れたのはまだ成長途中だったと思われる。それでも、えも芳しき香りを放ちながら、あの狭い島の王国を全滅させるには十分な光の玉を吐き続けていたそうだ。我々一族は船で逃げた。」

「どうやって止めたのですか?」

「破壊の姫の弱点はおそらく」マイラスは肋骨のあたりを指差した。「ここだ。」

「そこを射ったのですか?」

「そうではなく、伝説によれば切り裂いたらしい。私の先祖は勇気ある男で、破壊ノ姫の胸のあたりに誰かの両手が飛び出ているのを発見し、助けようとした。滑空しながら木をたちまち塵にする恐ろしい光球を飛ばす怪物が、地上に近づいた隙を狙って飛びかかり、まだ皮膚をかっさばき、中の男を救出した。それが致命傷となって破壊ノ姫は死んだそうだ。」

 マイラスはため息をついた。

「これがこの伝説の不可解なところだが、救出された男の名前は、ファールフォーケン卿だったという。」

「どなたですか?」

「あとで話すが、今は我々の敵だ。」

「今?古代の人物じゃないのですか?」

「そうだ、そのはずなのだが、そこが不可解なのだ。伝説によれば我々と同じ家来として伝えられていて・・・まあ話を続けよう。それで助け出されたファールフォーケン卿は一切の事を告白した。自分は蟲術と呼ばれる秘技を行う技能がある。永遠に生きる蟲の事を話したら、病弱のルシア王女が私も永遠に生きたい、魂をその生き物に移植できないか、と頼まれた、と。だがそれは完全な誤りだった、と。

 それはもちろん、死ぬと死体から蘇生して生まれ直すあの生き物、プロテーア・クレアトゥーラの事だ。

 本来ならば殺してもよかったかもしれない。だが王国は完全に滅び、島の土地は破壊されてほとんど海に浸かっていたので、立ち退いてどこかを放浪しなければいけなかった。船だけが生き残っていたのは我々にとって幸いだった。そんな状況だったので、生存者を減らすのも良く無い、と私たちの先祖は考え、彼を生かした。

 ファールフォーケン卿の言う通りだった。我々の王国だった跡地をもう一度探し回った時に、私の先祖が見つけた不思議な化石から、"ルシア王女"が蘇生したのだ。それはルシア・レイス・ラゴア・メイスン・フラムの名を唱えたが、それ以外はおうむ返しするだけの人間ではない何かだった。ファールフォーケン卿は私の先祖に告げた・・・『この"ルシア王女"だった生き物は完全な怪物になるために卿を取り込もうとした、だから今回も同様に、見つけた貴方を狙っているだろう』と。でも当の"ルシア王女"がファールフォーケン卿に怯えているという謎もある。

 すぐに彼女を、我々一族で引き取り、長である先祖と隔離した。彼女を決して暴走させてはならないし、おそらく死んでも別の場所から蘇るから死なせてはならない、と、戦々恐々とした年月があまりにも永く過ぎた。不思議な事にルシア王女は何百年経とうとずっとその姿を保っていたが、ある日火事が起きてうっかり死んでしまった。その後の捜索が大変で、ようやくルシア王女を発見し、収容した。そのルシア王女が死ぬと、また大変な捜索が始まる。この繰り返しをする内にきちんと組織化する必要性が迫られ、我々を中心にプロテーア・クレアトゥーラの研究組織が確立された。だが、」

 雷が落ちる音がして、ミトは一瞬体を激しく震わせた。

「・・・10年前ほど、私の父が関わっていた頃、彼女は誘拐された。しばらくして、研究所の外の小庭で発見されたが、容体がおかしかった。目が緑色に光っていた。そばに書き置きがあって、『私はお前たちのルシアに対する扱いを認めない。私は諦めない。石を見つけた。だからその子はもうすぐ"誕生"する。ファールフォーケン卿』と書かれていた。」

「ファールフォーケン卿?」

「そう。しかしこの書き置きは、伝説では協力的であった卿の姿勢とちぐはぐだ。事件が起きる前に雇った清掃員のエドマンドが事件後に全く姿を消したので、彼だったのかもしれない。

 庭で発見されたルシア王女は体の変異が始まったため、アサシン・ナイフを持たなかった父はとっさにそばにあった水槽に放り込んで、瞬間冷却装置を入れて作動した。これはもともと消火設備としてあった機械だったが、こんな形で役に立つとは思わなかったらしい。

 それで奇跡的にルシア王女の巨大化が停止した。だが熱を発しているのでそのうちまた溶ける可能性がある。我々は協議の末、石棺に入れて南極の奥深くに封印する事にした。マイナス百度につねに晒される場所であれば甦りはしまい、と思ったからだ。」

「それで今は大丈夫なのですよね。」

「ああ、その通り。ネムリダが観察しているよ。彼は特殊な能力持ちなので、南極にあるルシアの動きが"見える"らしい。だが、何らかのきっかけで蘇るとも限らない。だからミト。お前も私のやっている事にいずれ関わる事になる。そのためにさらに高度な勉強もするであろう。意味はわかるか?」

「・・・はい。」

「頼んだぞ。」

 そしてマイラスは部屋を去った。

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