第9話

 飛んでいる飛行機の中で、ルシアと僕はそれぞれに個室が与えられていた。僕としては、気まずいルシアと一緒にいるよりはその方が遥かに助かった。これからどういう実験、あるいは観察をされるか分からないが、今は気持ちの整理が必要だ。

 個室に荷物を起き、トイレへと向かう。客室には自衛隊たちが座って話をしている。

「変わった作戦ですねえ今回は。」

「前例のない事態だからな。」

「しかし、あんなので抑止力になるんですかねえ。」

「声が高いぞ。ほら。」

 隊員がトイレに向かおうとする僕をちらりと見るのが見えた。彼らにとって残念だが、話の内容は大体推測ついてしまった。ミト少年がルシアのことを「破壊ノ姫」と呼んだ事。ルシアの事について、ファールフォーケン卿という謎の人物と国防を担う海将補が何故かつるんでいる事。そして今聞いた「抑止力」。ルシアは核に匹敵する“兵器”として取引されるという事だ。


 トイレを済ましたあと自室に帰ろうとすると、扉の前にファールフォーケン卿が立っていた。僕を見ている。

「なんでしょう?」

「いや、ちょっと私から話があるのでね。」

 そうファールフォーケン卿が言ったので、僕は扉を開けて彼を先に入れたあと部屋に入る。


「ここだけの話だが。」ファールフォーケン卿は小さな窓に映る青空と流れる雲を見ながら言う。「ルシアはこの国の兵器として今後も管理され続けるであろう。この国を守る、核への抑止力として。」

「知っています。」僕は彼の背中を見ながら薄暗い戸口で言った。「あの娘がそんな危険とは僕はあまり思えませんけどね。」

「ところが、危険なのだ。」ファールフォーケン卿はカーテンを閉めた。「だからこうするしかなかった。このままルシア王女が望まれない力を発揮して、殺され続ける人生をやめるためには、こうやって常に管理するしかあるまい。」

「そうなんですか・・・。」

「これは、運転手の手前言えなかったのだが、」ファールフォーケン卿は振り返って僕に言う。「『ルシア・レイス・ラゴア・メイスン・フラム』これは、私の先祖が仕えていた王女の名なのだ。絶海の孤島の、とっくに喪われて誰も名の知らぬ王国のな。」

「・・・まさか!」

「そのまさかだ。」老人はうなずく。「プロテーア・クレアトゥーラと王女が何の関係があるのかは解明されていない。だが、もしも、かの生き物の中に魂を閉じ込められ、王女が一人死ぬことのできない日々を味わっているのだとしたら、それはとても心細い事だろう。」


 つまり、ルシアはずっとさみしい。


「王女は名前を覚えている。だから、もしかしたら・・・。」そしてファールフォーケン卿はエメラルド色のペンダントを取り出す。それは黄金虫の形をしている。「これを見て思い出してくれるかもしれぬ。これはルシア王女のペンダントだ。」


 そしてペンダントを僕に差し出す。エメラルドの宝石の側に、ペンダントの長さを調節するためにしては、妙に大きい糸巻きがついている。

「どういう事ですか?」

「お前はルシア王女と喧嘩したのだろう?仲直りの印に、これをプレゼントしたらどうだ?今後のために。」

「・・・・。」

「国としても、ルシア王女と君の仲が良好である方が安心する。そして、本当の孤独の絶望を歩んでいるルシア王女を救えるのは、君だけなのだ。」

 僕は無言で、ペンダントを受け取った。確かに、その方が僕も助かる。





 扉を叩く。

「健二くん?」

 どうしてか、扉の向こうで見えないはずなのにルシアは分かっていた。

「ああ。」

 僕は扉を開けて入る。

「元気?」

 ルシアは机に頬杖ついて窓を見ながら素っ気なく尋ねる。

「元気だよ。」

 僕も素っ気なく答える。そして、先手を打つ。

「あのさあ、色々ひどいことをいったけれど、ごめんね。」

「いいよ。」

「誰が人間か、人間じゃないかってどうでもいいことだよね。」

「・・・・・・。」ルシアは沈黙してしまった。

「ごめん。」

「気持ちは分かったから。」

「あの、お詫びの印といってはなんだけど、プレゼントがあるんだ。」

「プレゼント?」ルシアは振り返って初めて僕を見た。

「これ、覚えてるかな。」エメラルド色のペンダント。はるか前世のルシア王女のものという。ひょっとしたら・・・。

「ううん。」ルシアは首を振る。

「あれ。やっぱりそうか。」僕はすこしがっかりした。「でも、これプレゼントするよ。似合う。」

「ありがとう。健二のプレゼントということだったら、喜んで受け取るよ。」

 そう言ってルシアは健二からペンダントを受け取る。

 お互いににこりと笑う。

 ルシアはペンダントをつける。

「じゃ、じゃあ。それだけ。」

 僕はそう言ってそそくさとルシアの部屋を後にする。

 ルシアは僕を見てにこりと微笑む。

 その瞳が緑色に光っている。

 僕はルシアの隣の自分の部屋で一気に解放されたような心地よい気分で天井を見る。

 聞こえるのは僅かな飛行機のエンジンの音。

 そして、


 ドンッ


 とルシアの部屋から何か激しく突く音が聞こえた。

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