第8話
「ルシア。ルシア!」
「健二!」
ルシアは僕を見るなり心底安心したような表情を見せた。
「ルシア、大丈夫か。」
「何ともない。健二は大丈夫?」
「ああ。大丈夫だ。」
これが、人間と違う生き物だって?ちょっと不器用な女の子にしか見えない。
「なんか、話とか聞いたか?」
「話?」ルシアはきょとんとした。「何も。」
「そうか・・・。」何も知らない。プロテーア・クレアトゥーラとか太平洋の怪物の転生がどうのとかは話さないでおこう。
「健二。」
唐突に呼びかけられる。
「私の、何かを、疑っているの?」
……ばれた。心を読まれた。
「健二、どうして?なんか、話を聞いたの?」
ルシアが得意とする、同じ質問で返すコミュニケーション。
「君が・・・」僕はそう口を開いたが何と言っていいのか分からなかった。「本当は人間じゃないって話を聞いた。」
強く言い過ぎた気がした。
「人間じゃないってどういう意味。」
好き、に続く、新たな意味の質問。
「それはつまり・・・僕と君は違う、という事・・・。」
「私とあなたはこのように喋れてる。違うはずない。」ルシアが困惑している。「あなたが自分が人間だと思ってるって事?」
「ふぁ?」唐突な質問に混乱した。「僕は人間だ。」
「つまり私は人間、より、"外"なの?」
僕は自分の心がピシッと割れるのを感じた。破滅の予感。
「私は人間じゃない・・・私は・・・」
そしてルシアはとうとう言葉を失う。
サイアクの事態。
ルシアを取り返しのつかない孤独に追いやった。
そして部屋の扉が開く。
「二人に話があります。」坂井という名の隊員が現れた。
隊員は呆然とした僕らを連れて行き、そして気づいたら僕は、狭い会議室の椅子に座らせられていた。前にいるのは深刻そうな顔の井出海将補とニヤけたファールフォーケン卿、それと何人かの海兵たちである。
「ここを移らなければなりません。」井出海将補は言った。「ミト、という、ルシアを狙う殺し屋はすでに我々が関わっていることを知っている。ここが見つかるのも時間の問題です。」
「はい。」ルシアが先に返事するので、僕も後に続いて「はい。」と細々に返事する。
「ルシア嬢、そして君、花澤健二くんを飛行機に乗せて、護送する。異論は無いですかな。」
「なんで・・・」僕は思わず口を開いた。「なんで僕も乗るのでしょう。」
「万が一にそなえてだ。ルシアにとって大事な存在なのだ。」
「僕、今さっき、ルシアにひどいことを言いました。ルシアをひどく傷つけました。大事な存在とは思えません。」何でこんな事を、偉い人たちに言ってしまうのだろうと片隅に思いつつ、僕は必死に言ってしまう。
「健二。」ルシアが言った。「一緒にいて。」
僕は心が真っ青になった。
「ルシア・・・どうして。」
「分からない。」ルシアはうつむく。「分からないけど。お願い。」
「これで分かっただろう。」ファールフォーレン卿が口を挟む。「お前は若いから理解できてないのかもしれぬが、世の中には自分の理解できない、物と心の動きがあるってこった。小僧。」
「ルシア・・・。」老人の小難しい言葉はどうでもいい。ルシアだ。あなたは一体何を考えている。あなたは一体何を感じている。僕はどうしたらいい。どう受け止めたらいい。ただ言われるがままにするしかないのか。ルシア。ああ、ルシアよ。
外。
震える携帯電話。瀬田奈々子から。
「もしもし。」
『繋がった…。どこにいるの、今。』
まだ自衛隊たちは事後対応をしていないのだろうか。
「奈々子、ごめん。」
『え。』
「もう君とは、大学とはお別れだ。」
『どうして?』
「理由は言えない。それに今は忙しい。」
『ちょっとまって、その音は何?』奈々子の叫ぶ声。受話器からは菜々子以外に誰かが叫ぶ声も聞こえる。僕の周りになり響くのは飛行機のエンジン音。『健二、聞いて、』
「おい!誰と話してる!」そして海兵が呼び掛ける声。
「すみません、大学の友人です!」僕は携帯を耳から話して言う。
すると海兵が指で口をチャック閉める仕草をした。当然か。そしてすぐに携帯に言う。
「ごめん。もう行かなきゃ。」
『え、まって、健』
僕は電話を切った。何故か、何故だか、涙が溢れるように落ちた。自分はルシアと同じ、帰る場所を失った存在なのだ。これからも。それが寂しくて、悲しくて、感情の雫を塞き止めることはできなかった。
そして、僕はエンジンを噴かした小型の飛行機へと向かっていく。
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