第7話
「いいか?」後部座席の隣に座っていたファールフォーケン卿は話し出した。「まず琥珀に化石が埋まっているのは知っているだろう。蚊だのアンモナイトやサンゴなど、色々とある。」
「はい。」
「数ヶ月前に、巨大な死体が太平洋に浮上してるのが発見された、というニュースがあった。これも知ってるだろう。」
「もちろん。
「アビスなんとかの事はどうでもよい。あんな凡庸な能力者が惑わしてくれてる内は、貴様ら愚民どもは幸せではあるが」ファールフォーケン卿は鬱陶しそうに言った。「それはともかく、確かにあの巨大死体はルシア王女と密接な関係がある。というか、王女そのものなのだ。」
「え。」僕は思わず息を飲んだ。
「死体も、君の家の琥珀で埋まっていた化石すなわちルシア王女も、同じ種類の同じ魂の生き物ということだ。我々はそれをプロテーア・クレアトゥーラと呼んでいる。変幻生物。」
「プロテーア・クレアトゥーラ・・・。」
「プロテーア・クレアトゥーラは太古の一時期そこそこの繁栄をしたが、環境の激変により一気に死に始め、そして生存のために面白い習性を得た。その魂は一世代につき1匹だけに宿るが、自分が死ぬと、魂がかつての仲間の死体に遷って、再び蘇るという性質。一種の輪廻転生だ。こうして彼らは共同体となって、不死の力を得た。つまり、あの太平洋の怪物が死に、そして君の家の化石に魂が乗り遷った。」
「でもルシアは人間じゃないですか・・・。プロテーア・・・?」
「そう、そこが分からない。プロテーア・クレアトゥーラはかなり昔に発見されたがその正体と力は完全に不明。脊髄を持っているというのだけは確かだ。もしかしたら変幻自在なのではと言う予想がある。どのプロテーア・クレアトゥーラも、蘇った当初は同じ人の形をし、ルシアの名前を名乗った。」
「当初?」
「その通り。最初は人の形でも、後に異形の姿となる。それが暴れまわると恐ろしいエネルギーを発する、とされる。そうなる前に殺してしまわなければいけない。」
「だから、ルシアはあなたを嫌がってたんですか。もしかしてかつてのルシアを殺したから。」
「ふ、そうかもな。」ファールフォーケン卿は鼻で笑う。「花澤・・という名前だったな。君は、化石がルシア王女となる前、化石に対して何を考えた?」
「何をって、うーん・・・・あ。」案外すぐに思い当たる節があった。「一人暮らしがつまらなくて、よく化石に話しかけるという変な事をしてたんです。そしてこういう時誰かが一緒だったらなあ、て思ったんですよ。そしたら丁度・・・。」
「やっぱりな。ルシア王女は人の心を感じ取る。プロテーア・クレアトゥーラであったルシア王女は産まれて来るなりオスを求める習性を持っている。」オス、ってそんな・・・。「だから君の気持ちを感じ取って、覚醒したのだ。そうやって何代のルシアも、人を求め、甦った。」
なんだか気持ちが良くない。まるで寂しさを埋めるために依存されているみたいである。それに何か、腑に落ちない。
「だから研究のためにも君を同行していただきたい。彼女が暴走したときに君が食い止めてくれるかもしれない、そういうわけだ。」
「・・・がんばってみます。」
ファールフォーケン卿はにこりと笑った。
やはり腑に落ちない。彼の説明によれば産まれて来るなりオスを求めるというルシア。しかし僕の知るルシアは「好き」が何かについて知りたがっていた。普段は説明を求めなかったルシアが、僕に説明をしきりに求めたのだ。それは言葉にできなくて戸惑っていたのではない。僕がルシアに向けて一瞬だけ意識したその感情が、理解できなかったのだ。
だから僕の目には、産まれて来るなり翻弄されている少女に過ぎないように感じた。ファールフォーケン卿は何か勘違いしているのではないか、と僕は思った。たとえルシアが、彼の言う通りもともとあの太平洋の怪物だったとしても・・・。
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