第6話

「ルシア!」僕は走りながら前方に向かって叫ぶ。「まってくれ・・・!」

「花澤さん、誠に申し訳ありませんが、」ミトは言った。「やらねばなりません!説明は後でちゃんとします!」そしてナイフを取り出して僕よりも速く走り抜けた。

「ミト!ルシア!」

 その時自分の携帯のバイブレーションが作動するのを感じたが、今はそれに構ってる状況ではない。ミトは前方を疾走するルシアに追いつこうとする。ナイフを持った手はあまり動かさず、突進する勢いでルシアに体当たりするつもりだ。

 その時、ルシアの目の前で黒い影が現れた。それはルシアを過ぎ、そしてミトの目の前に現れ鳩尾に拳をぶつけた。

「おうっ・・・」

 ミトは唾を垂らしながら地面に倒れる。ルシアもいつのまにか倒れている。影の正体はファールフォーケン卿。彼はポケットから無線のようなものを取り出し、「無事に終わった。来てくれ。」と言った後に片手でルシアを抱え、そして僕の元に近寄る。

「危ないところだったな小僧。だから王女を野放しにしてはいけなかった。王女を狙う奴らから守るためにな。」

 すぐにルシアが目を覚まし、ファールフォーケン卿の腕の中でもがき、懇願するように僕を見ている。

「ほう・・・王女様はあなたを認めている。」

「僕に助けを求めているんだ。」僕はそう言ってファールフォーケン卿に近寄る。「ルシアを離してくれ。嫌がってる。」

「小僧、さっき起きた事をもう忘れたのか?」ファールフォーケン卿はそう言ってミトを蹴飛ばすので僕は驚いて後ずさりする。「このガキは敵だ。おそらく長年訓練されている。小僧ごときが守れるような状況じゃもはや無いのだ。」

「で、でも・・・」

 その時黒い車が数台、ファールフォーケン卿の周りで停まった。現れたのはスーツを着てバッジをたくさん身につけた、どこかで見たことなる偉そうな男である。

「ファールフォーケン卿、感謝する。」男は言った。

「こういう仕事が一番得意なのでね。」暴れるルシアをなんとか固定しながらファールフォーケン卿は笑う。「しかし、敵を逃してしまった。」ミトの姿は既に消えていた。

「ルシア嬢、我々が引き取ろう。」男がそう言うと二人の制服の男がルシアを掴み、そのまま車の中に運び込まれる。僕は「ちょっと!」と呼び止めるが制服の男は無視をし、背後からファールフォーケン卿が僕の肩に手を置いた。

「こいつも連れてっておくれ。」ファールフォーケン卿がバッジをつけた男に言う。

「彼は・・・?」男が訝しげに僕を見る。

「なあに。そこらの一般市民だが、ルシアがこいつを"認めている"らしい。言いたいことはわかるだろう?起動のトリガーってわけだ。」

「なるほど。」

「一体どう言う事ですか。」僕は口を挟む。男はしばらく僕を見つめ、そして近寄って手を差し出す。

「申し遅れた。私は井出竜也いでたつや海将補。」

「か・・・海将補ですか!?じ、自衛隊の?」僕の気分は仰天する。「ぼ、僕は、花澤、け、健二です、だ、大学生です。」

「そうか・・・ルシア嬢とはどうやって出会ったのかね。」

「・・・。」なんと言えばいいのだろう。「僕の住んでたマンションの琥珀の壁が突然砕けて・・・。」

「やはり・・・。」井出海将補は僕の言葉を遮って思いつめたような顔をする。

「言った通りでしょう?」ファールフォーケン卿が微笑を浮かべて井出海将補に言う。

「もしもあなたの言う通りなら、実に恐ろしい存在だ・・・。」

「ですから生け捕りにして管理する事に意味がある。殺してはいけない。」

「なるほど。」

 そしてファールフォーケン卿が僕を見つめ、「こい、小僧。全てを教えてやろう。」と言って車の扉を開けた。

 どうするべきか。そもそも自分がいなくなったら冨田さんや瀬田奈々子や大学の人たちが心配するのではないか。

「後のことは私たちに任せなさい。」井出海将補は言った。「今はあなたが必要です。」

 必要。なぜ必要か。憶測だが、ルシアは僕を助けて欲しいかのように見つめた。ルシアが必要としてるから、僕が必要、そのように思えた。

「行きます・・・。」僕は噛みしめるように言った。

 ファールフォーケン卿の円いサングラスが一瞬光り、僕の方を向いて「ご協力感謝する。」と呟いた。僕は黒い車の中に入っていった。

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