第5話

 突然現れた不審な老人。ルシアを王女と呼んでいる。何者だろう。

「行こう。」

 僕は怯えた顔のルシアに声をかけて、老人を無視して前を振り返って歩く。

「おやおや、私をお忘れで。ファールフォーケン卿ですぞ」老人がついていきながら喋る。「まあもっとも記憶が無いから無理もありませんが・・・。」

 僕は振り返って言った。「人違いじゃありませんか?この娘は僕のいとこです。」

「小僧。知ったかぶりしてるのは貴様だ。」円いサングラスでにやりと笑う自称ファールフォーケン卿はこの上なく気持ち悪い。「私の甲虫コガネムシが囁く限り、王女の魂の場所を突き止める事ができるのだ。」そう言ってポケットから再び青いコガネムシを取り出す。一体これは・・・。

 ふと僕は考えた。ひょっとして、この老人に話を聞けばルシアの正体がわかるのではないか。しかしルシアの表情を見る限り、それはやめた方が良さそうだ。

「ほら嫌がってるじゃありませんか。」僕はルシアを指して言った。「人違いなんですよ。」

「ルシア・レイス・ラゴア・メイスン・フラム」ファールフォーケン卿がそう言ったので僕は一瞬引き攣る。「ほう・・・。聞き覚えがあると見た。」

「ち、違いますよ。」

「誤魔化そうたって無駄だ。ルシア王女の魂は名前だけは記憶するようなってるからな。お前も名前くらい聞いただろうに。」ファールフォーケン卿がルシアに手を伸ばす。「王女様、さあ。」

「逃げよう!」

 僕がそう叫び、その声を聞いてルシアはファールフォーケン卿の手を叩いて振り払い、僕はルシアの後ろに手を広げて抱えるようにして共に逃げる。背後から大きな笑い声が聞こえる。

「無駄だ!もうここにいると分かった以上、お前たちをどこまでも探し求めるぞ!」ファールフォーケン卿は叫ぶ。僕たちはその言葉の意味も考えずにひたすら逃げて行く。


 とりあえず自宅のマンションに逃げよう、と僕は思った。老人の言動を狂った言動と思う事はできても、やはりルシアのフルネームを知っている点が謎であり、もしかしたら「ルシア」について知っている何者かの可能性が高い。だが、あれだけ察する力のあるルシアが嫌がる表情を見るに、何かルシアは感じ取っているのだ。

 撒くように迂回した道を走った末、僕はようやく見慣れたマンションにたどり着く。ゴミの撤去されたゴミ捨て場を通って玄関に入ると、「おや。」という声が聞こえる。事務所前に水戸少年がいた。

「花澤さんじゃありませんか。それと・・・このは・・・」

 僕はすこし考えを巡らせ、そして水戸に言った。

「水戸くん。君は僕と友達だよな。」

「ええ。」

「今から言うことを信じてほしい。そして誰にも口外しないでほしい。そしてできれば頼みを聞いてほしい。」

「何でしょう。」水戸は僕をはっきりと見つめて言う。

「この娘はルシアって名前だ。」僕は言う。「信じられないだろうが、僕の部屋の壁の琥珀から突然産まれた。それで、ファールフォーケン卿とか名乗る怪しい老人に付け狙われてる。しばらく外に出せない気がするから、その間世話できる人を探している・・・。」

「いいですよ。」

 まさかの即答に驚いた。

「え、ほんと?」

「友達ですもの。よろしく、ルシア。」そう言って水戸はルシアに握手しようとする。するとルシアは水戸の手を激しく叩いて振り払う。

「ルシア!?」僕は驚く。水戸はしばらく驚きつつ、ルシアを睨む。ルシアは僕の手を引いて逃げようとする。「ル、ルシア・・・?」

「殺される・・・殺される・・・!」ルシアは叫んだ。

「どんなに心を殺しても、油断は禁物でしたね。仕方ない。そいつは早めに沈黙させた方がいいですよ、花澤さん。」水戸はポケットに手を入れる。「そいつは、"破壊ノ姫"だ。」そしてナイフを取り出す。

「何をするんだ水戸くん!」僕はルシアの前に立ちはだかる。ルシアは僕の手を引っ張る。

「まったく、花澤さんも冨田さんも発音間違ってますよ。」水戸はじりじりと近寄りながら言う。「僕は水《ミト》じゃない、トだ。日本の人間じゃあないんだ。」そして金髪を振るう。「さあどいてください相澤さん。そいつを生かしておくと、今に大変な事になりますよ。」

「いきなり言われてもわからない。説明してくれ。」

「そうですね。せっかく花澤さんが秘密を明かしてくれたのですから、僕も明かしましょう。僕の亡き父は数ヶ月前に太平洋上を遊泳していた"破壊ノ姫"を殺し、」その時ルシアは僕の手を振りほどいて玄関から外へ逃げ出した。

「あっ!」「あっ!」

 僕もミトも叫んで後を追った。

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