第3話
「ちょっと信じられない話だろうが・・・」
と僕は瀬田奈々子に、あの夜起きた事の全てを話した。
「琥珀の壁から女の子が生まれた?ラッキーじゃん。ついに健二にも彼女じゃん。」
相変わらず適当な感想を返す奈々子。
「そう言う場合じゃなくてさ、あの娘が一体なんなのか分からないんだよ。」
「
「ああ、そうそう。もしかしたら太平洋の怪物の怨霊が、琥珀から産まれ直したのかも分からない。」
「健二ついにアビッサーになるの?」
そう嘲笑気味に、しかしどことなく嬉しそうに言う奈々子。アビッサーとはブロガーの
「いや、そうじゃないけどさ。」ちょっとばかし奈々子の乱暴な言い草にかぶりを振りつつ、気を取り直して話す。「ありえない事が起きてるじゃん。何か誰か知ってるかもしれないだろ。」
「んで、まあいいや、そんな恐ろしい太平洋の怨霊さんをなんでここに連れ回してるのさ。」
奈々子は僕の後ろをちらりと睨む。ルシアは、喋りながら歩いている大学生たちをガラスのような目で見ている。
「声がでかいよ・・・大家さんにバレずに連れ出すの大変だったんだから・・・。」
「へえ、でもなんで。」
「あいつは生まれたてなんだけどすごい賢くて」僕はちょっとばかし訴えるように奈々子に言う。「どういうわけか言葉の意味を瞬時に理解し、自分のものにする力がある。だから僕だけじゃなくいろんな人の言葉を聞かせようとね。」
「意味を瞬時に理解って?」奈々子が訝しげに言う。
「そうなんだよ。寒い?って聞いたら寒いって答えたし、名前って聞いて最初分かんなくて僕が名乗ったら名乗り返してくれたし。」
「心読んでるんじゃないのそれ。」
「え。」
女の勘は鋭いと一般的に言うが、そんなまさか。
「だって意味教えられなくても君の言いたい事わかるってことでしょ?心読んでるんだよ。」
「そんな。」
ルシアはきらきらと笑いながら人々をきょろきょろ見ている。人々の喋りを聞いているのだから、言葉をたくさん学んでくれてるはずだ。
「だからもしも健二があの娘にやましい気持ちを抱いたら、とっくにばれてるってことだよー。」奈々子がニヤニヤしながら言う。
「よしてくれよ。そもそも僕はあいつが人間なのかもわからないんだ。」それにいきなりそんな事言われて意識しちゃったらどうするんだ。
ほら、意識しちゃった。
家に女の子と一緒にいるってだけでおかしいし、何分可愛らしい。どきどきしてしまう。案の定ルシアはその事に気づいて僕の事をきょとんとした表情でまっすぐみる。やめろ。ルシアは真剣に、しかし楽しそうな笑顔で僕を見つめる。
「健介、どうしたの。」もはや普通に会話できるようになったルチア。
「あ、ああ。何でもない。」
「そうなんだ。」ルチアは机に頬杖をついてさらに健介をじっと見つめる。やめろ、そんな仕草をするな。そしてさらに顔を近づける。
「何だ何だ。」
「興味があるの。」
「興味・・・?」
「『好き』ってなんだろう、て。」
僕は椅子から転げ落ちそうになった。「な、何をいきなり。」
「私、健介の事が好き。」
僕は思わず赤面したが、気を取り直して、「そーやって、いきなり言うものじゃないぞ、好きってものは。」と言った。こうたしなめたのは、ルシアがその言葉を言う時のあっけらかんな響きが気になったというのもある。
「なんで?」
「なんで、て、そりゃ、うん、大事な人はちゃんと決めなきゃいけないからさ。」
「大事な人・・・。」
ふと、ルシアは「好き」が理解できないのかな・・・?と僕は思った。
「まあそのうちわかる時がくるよ。」と僕は言ったが正直自信がない。人間ならばわかるのかもしれないが、ルシアは果たして。
「そう。」ルシアは返事をした。もうこんなに話せるようになったのか、と僕は驚きつつ、こんな話題をやめにするためにも、「晩御飯作るよ。」と言って台所に向かった。そもそもルシアはあまりに賢いとはいえ生まれたてで、その上大変繊細にも感じる。下手な事してルシアをひどく傷つけたくは、ない。
さて、ある朝の事である。ゴミを出しに袋を持って1階のロビーまで下ると、見知らぬ金髪の少年が大家の冨田さんと話していた。
「あ、おはよう。花澤さん。」冨田さんが僕に挨拶をした。
「おはようございます。」僕も挨拶を返した。
「おはようございます!」金髪の少年も挨拶をした。
冨田さんは言った。「この子は、
「いえいえ、冨田さんが元気なら何よりですよ。」水戸少年は朗らかに笑った。
「そしてこの人は花澤健二さん。203室に住んでるの。」
「203室・・・」水戸はにこりと微笑む。「ここの一階上なんですね。宜しくお願いします。」
「宜しくお願いします〜」僕は一礼した。「そんじゃ僕はゴミ出してきますねー。」
「はーい。」冨田さんはそう言って事務所に戻り、僕はゴミ袋を玄関外に置いた。
「花澤さん。」後ろから声がかかった。先ほどの水戸少年である。
「なんだい、水戸くん。」僕はそう答えながら振り返った。
「僕とお友達になりません?」
「お、おう。」僕は戸惑った。「いいけど、どうするんだい?」
「そうですねえ、例えば花澤さんの部屋にいってゲームで一緒に遊ぶとか、どうです?」
「ああ?いやあ、その、」部屋の中はまずい。まだ琥珀のタイルが割れてしまった事、そして少女を隠している事を打ち明けていない。「ちょっと散らかってるし、もう大学いくし、また今度。」
「そうですか。」水戸は微笑んだ。「じゃあまた今度、お話ししましょう。」
「あぁ、うん・・・」僕は脂汗を掻きながら返事をした。水戸は玄関を出て、僕のそばを通って「フッ」と笑いながら、その場を去っていった。金髪が輝かしく太陽を反射する。
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