第2話
「女の子」そう少女は言いながら立ち上がり、琥珀の破片を踏みながら前を歩く。
「え、その、あの。」僕は困惑した。「こんにちは。」
「え、その、あの、こんにちは。」少女は僕の言葉を模倣しながら寄ってくる。髪の毛は茶色。服は何も着ていない。
「と、とりあえず服を着よう。」
「とりあえず、服を着よう。」
何も自主的な反応が来ない以上、少女とまともに意思疎通できている気がし無いわけだが、僕はすぐさま洋服棚に駆け込み、その戸を開き、処理に困っていた貰い物の大きなポロシャツを取り出して、少女にかぶせた。これでまあ少しはましになった。
「どうだい?寒くないだろう?」僕は恐る恐る少女に話しかける。
「どうだい。寒くないだろう。」少女は僕を見向きもせずに無表情で模倣し、そして僕に振り向き、少し考えるように沈黙して「・・・寒くない。」と答える。
「よし。」
やっと言葉を返してくれた。僕はそして少女を見る。琥珀から産まれた直後というのに、どうして言語がわかるのかよく分から無い。その目はあまりに澄んでいて、銀色の瞳が炎のように静かに燃えている。
「君の名前はなんて言うんだい?」
「君の名前はなんて言うんだい。」また少女は言葉を返す。僕は頭を抱える。「名前・・・」少女はつぶやく。「名前・・・。」
「そう、名前。」本当に分かっているのか自信がない。「僕の名前は花澤健二。けんじ、ってよんでくれ。」
「僕の名前は花澤健二。けんじってよんでくれ。」少女は僕を見て言う。「けんじ。」
「そうだ、それで、君の名前は何て言うんだい?」
すると少女は口を開き「ルシア・レイス・ラゴア・メイスン・フラム」などと訳の分から無い事をつぶやき始め、最後に、「ルシア・・・ってよんでくれ。」と言った。口調がぞんざいだ。
「ルシア。それが君の名前か。」
「そう、名前。」
僕はふと気づいた。この子はただ僕の言葉を模倣しているだけじゃない。言葉を模倣しながら自分のものにしているのだ。当然だ。産まれたばかりなのだから言葉などわかるわけがない。だから僕の言葉から学ぶしかない。それにしても「名前」や「寒い」などの意味を、説明して無いのに瞬時に理解するのは一体どういう事なのかは不明だが。
「ルシア、答えられるか分からないだろうが、教えてくれ。君はいったい誰なんだ。」
ルシアは少し考え、「・・・答えられるか分からない。」と僕の言葉の一部で返した。
「そうか、そうだよね。」
するとルシアは少し悩ましげな顔をして言った。「けんじ、教えてくれ。君はいったい誰なんだ。」
「お。」初めての質問。「僕は花澤健二。文系の大学生だが入学したばかりで、ここのマンションに一人引っ越してきたんだ。」意味をすぐに掌握するのであまり気遣いなく話し続ける。「そういえばここのマンションは変な声が聞こえるって噂が立ってすごく安くなってたな。ひょっとして声って君の仕業なのか?」
ルシアは俯向く。黙り続けていたので、まずい質問だったかな、と僕は戦々恐々とする。しかし、長い時間を置いて、ようやく何気なく話し始めたので言葉を整理するのに時間がかかっていたのか、と安心した。
「分からない。ひょっとして、変な声、ルシア、の、仕業。」
「変な声は、ルシアの仕業かもしれない?」僕は正しい文章を考えて言ってみた。
「そう、ルシアの仕業かもしれない。」ルシアはにこりと微笑んでうなづいた。いい言葉が見つかって満足な様子である。正直可愛い。「ルシアの仕業かもしれない。」
なるほど、ちょっとだけ説明がついた。それにしても随分と賢い子だな、と僕は思った。ボキャブラリーさえあれば、人並みに話せるのではないか?
「一緒に映画でも観ないか?」
「映画?」
「そう、映画。」僕はDVD棚に向かいながら言う。「君はちょっと言葉を知ったらたくさん話せそうだ。だから、思い切って映画でも観て、言葉をたくさん学べたら面白いだろうなって。」
「映画、で、言葉をたくさん学べ、る。」
「そうそう、その調子。」僕はDVDを一つ選んでルシアに見せる。「これにしよう。『宇宙道化師ガラ・ステラ』。クローンの女の子のガラが宇宙を巡る道化師になるために頑張る話だ。」
ルシアはそのDVDのパッケージをまじまじと眺める。太陽の周りに差し伸べる謎の手、銀髪の女性と浮かない青年。気の強そうな金髪の女性が二人を睨んでいる。
「どうだい?」
「面白いだろうなって。」
「じゃあ観るか。」
「そう。」妙な返事をする。
「『うん』かな。」
「うん。」
おさまりのいい言葉を見つけたからか、ルシアは笑顔である。
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