topics23 ようやく咲いた花、待ちわびた春

 第33帖 藤裏葉(【超訳】源氏物語episode33 長く遅く遠かった春)に寄せて


 祖父母の家で仲良く育った従姉弟同士の幼なじみ。淡い恋心を育ててきた夕霧と雲居の雁。本人たちの想いとは裏腹に引き離されて6年の月日が流れました。

 そんなふたりに遅い遅い春が訪れました。

 テッパン設定の幼なじみのハツコイがようやくようやく実りました。


 夕霧は勉学に励み順調に出世をして官位を上げました。他の縁談にも目もくれず初恋の君を想いつづけました。

 結婚適齢期を過ぎた雲居の雁ですが、夕霧とのウワサは周囲に知られていて、父親の内大臣は今さら他の縁談を考えるのも世間体がよくないしなぁと考えます。そんなところに夕霧側は別の縁談を進めているというウワサを耳にします。内大臣は娘のために不本意ながら自分から折れて夕霧に結婚を許すことにしました。


 春の終わりを告げる藤の花が咲き乱れる自邸の宴に夕霧を招きました。夕霧は内大臣に結婚の承諾を得て、息子たちからも祝福を受けました。


 ~ いく返り 露けき春を すぐしきて 花の紐とく 折に逢ふらん ~

(何度も湿っぽい春を過ごしてきたんだ。キミにたどりつくまでに)


 十代前半(今で言う中学生くらい)で引き離された夕霧と雲居の雁のあいだに6年の年月が流れて今の大学生くらいの年齢に成長しました。

「花の紐とく」に得も言われぬ艶っぽさを感じてしまうのと同時に夕霧が少年から青年に成長したんだなぁと妙に感慨深くなってしまいます。まるで彼の成長を見守ってきた親戚のおばさんのよう(笑)


 髭黒の件がそうですが、この時代男子が女子の部屋に忍び込んで強引に結婚してしまうケースは残念ながらままありました。

 そんな中、交際を反対された彼女の父親に自分を認めてもらい、結婚を許してもらえるまで夕霧は努力しつづけました。夕霧のお父さんの源氏も「見苦しい態度をとらないで偉かったね」と褒めています。源氏は藤の宴に送り出すときに「もう少し洒落て行ったら?」と衣装のコーディーネートをしてあげています。ふたりの縁談をまとめようと表立って動くことはしなかった源氏のちょっとした気遣いというか親心です。内大臣も夕霧の立派さや美しさに惚れ惚れします。


 この恋の成就は本当によかったと思うけれど、だったら最初から認めてあげればよかったのに……とも思ったりもします。

 当時夕霧の官位が低いとしても出世するだろうということはわかっていたでしょうにね。それよりは夕霧が政治的にライバルの源氏の息子だということが許せなかったんでしょうね。

 そして現代的には、内大臣も結局は子供達の純粋な想いを尊重してあげたのね、と思いますが、逆に平安の時代ではこのふたりの恋のパターンはレアなケースだったのかもしれませんね。


 幼いふたりが恋をして、

 想い合っているのに引き離され、

 逢えない間もお互いを想いつづけ、

 

 ようやく

 ようやく 


 咲き誇った花

 訪れた春


 誰もが共感して、応援したふたりの恋。

 ハッピーハッピーウェディング。

 

 源氏物語に登場する数ある恋のエピソードの中で、時代や国を問わず一番心を寄せることのできるふたりの恋物語ですよね。



 そしてそんな純粋な恋の成就を見届けてホロリとしている同じ巻に藤典侍とうのないしのすけのお話が……。


 んん? 雲居の雁一筋じゃなかったの?


 雲居の雁と引き離されているときに出逢って手紙のやりとりをしていたみたいですね。こっそりと「お付き合い」していたようです。ただ藤典侍は源氏の従者の惟光の娘なので、身分がなにより重要視されるこの時代では雲居の雁とは格が違います。藤典侍も自分と付き合っている夕霧カレが正式に雲居の雁と結婚したことを残念に思いますが、そんな藤典侍カノジョのことも見捨てなかったあたりが堅真面目な夕霧らしさかもしれません。

 その後夕霧は藤典侍を側室にして何人も子供ももうけます。雲居の雁とも多くの子どもに恵まれます。子供の少なかった源氏に対して子だくさんの夕霧。ここも親子で対照的です。


 このあともう一度夕霧くんが主役の巻が登場します。その名も【夕霧】。その巻名から彼を夕霧と後世の人たちが呼ぶようになったんですよね。

 式部センセイの書かれた原作ではキャラに名前がついていないんです。「君」や「姫君」、「右大臣」「左大将」などなど。しかも物語の中で男子は出世していくから巻によって「左大将」が違う人を指しているんです。

 夕霧もそのときどきの役職名で書かれています。彼が詠う和歌で「夕霧」が出てくるのでその巻名が【夕霧】となり、彼のことを夕霧、と呼ぶようになったようですね。式部センセイの命名ではなかったんです。でも彼に夕霧の歌を詠ませたのは式部センセイですけれどね。

 「雲居の雁」ちゃんもそうです。彼女が「わたしって泣きながら飛んでいる雁みたい」と自分のことをつぶやいたのが由来です。


「雲居の雁ちゃん」

「なあに? 夕霧くん」

 とは原作では語っていないのです。

 

「夕霧」は情緒ある名前だけれど「雲居の雁」は呼びかける名前としてはちょっと呼びにくそうですよね。


 ともあれ霧が立ちこめ雲の合間をさまよっていた雁が夕暮れの空を舞いました。空を飛ぶ雁を優しい夕暮れが包み込みました。



 ☆【超訳】源氏物語のご案内

 関連するエピソードはこちら。よかったらご覧になってくださいね。


 episode33 長く遅く遠かった春     藤裏葉

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054881684388/episodes/1177354054884767398

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