topics7 源氏ブランドのクオリティ

 第14帖 澪標みおつくし(【超訳】源氏物語episode14 命をかけて……)に寄せて。


 明石で明石の君と出会い恋をして、そして離れ、京の紫の上のもとに戻ってくる源氏。

 仕事上も以前よりも上の役職につき、紫の上との幸せな日々を取り戻します。

 仕事がひと段落した時点で難波(大阪)にある住吉大社にお参りに出かけます。


 するとなんと偶然にも明石の君もお参りに住吉にきていたのです。会いはしませんがニアピン。ふたりは手紙のやりとりをします。


 光源氏は次の歌を思い浮かべます。小倉百人一首のひとつです。詠み人は元良親王でどうやら光源氏のモデル説(複数います)のおひとりみたい。


~ わびぬれば 今はた同じ 難波なる ても 逢はんとぞ思ふ ~

(君に会えないなんて死んでいるのと同じだよ。だったら死ぬ気で君に逢いに行こうと思ってる)


 難波に澪標みおつくしという場所があって、その場所と「身を尽くす(命をかける)」という意味を掛け合わせた歌です。源氏も今難波にいて、すぐ近くにいる明石の君に逢いたくても逢いに行けない気持ちとダブらせたんでしょうね。


 その歌を踏まえて源氏が詠むのが次の歌。


~ みをつくし 恋ふるしるしに ここまでも めぐり逢ひける えには深しな ~

命をかけたみをつくした証拠に澪標みをつくしのあるところで再会できた俺たちやっぱ運命感じるよね)


 「澪標」と「身を尽くし」の掛け言葉は一般教養としてみんなが知っているから恐らく澪標って単語でもう恋の歌なんでしょうね。そんな恋のパワースポットに同じタイミングでやってくる俺らってやっぱ運命的じゃね? と言いたいのかしらね、源氏は。


 そしてこんな歌をもらった明石の君は、わたしなんて身分も低いしあなたの大勢いる愛人のうちのひとりにすぎないけれど、でもやっぱり嬉しいわって泣いたんですって。


~ 数ならで なにはのことも かひなきに 何みをつくし 思ひ初めけん ~

(あなたには大勢奥様や恋人がいらっしゃるのにどうしてこんなに好きになってしまったのかしら)


 お互い逢いたかったでしょうけれど、さすがの源氏も大勢でお参りに来ているから出かけてはいけなかったみたいね。明石の君の存在はまだ公にしていなかったしね。


 こんな歌のやりとりからこの章は「澪標」というタイトルになったのでしょうね。


 でもこんな風に「身を尽くし」て源氏を想っている人がもうひとり。(もっとかしら?)



 この章ではツマの紫の上に明石の君が女の子を産んだことを打ち明ける場面も登場します。ウワサ話で他の人から聞くよりはって源氏本人が彼女に告白することにします。


「人生なんてさ――、うまくいかないよね。生んでほしいキミには赤ちゃんができなくて、そうじゃないところでできちゃうんだよ、赤ちゃんが」

 などと源氏は話しはじめます。

「ま、女の子だからさ、出世もしないし、そのままシカトもアリなんだけど、まあそうもいかなくてさ。京に呼ぶんだけど、怒んないでね」

 

 これに対して紫の上が答えます。

「わたしが怒ると思ってるの? だったらこういうときには怒るってあなたが教えてくれたことになるんじゃない? わたしはなんでもあなたに教わったんだから」


 小さい頃に無理やり連れてきて自分の理想通りに育て上げた紫の上。須磨に行っているときは恋しくて恋しくてたまらなかった紫の上。お互いに送り合った手紙には逢えない辛さばかりが綴られました。それを想うと明石の君のことなんてやっぱ一時の気の迷いだったよなぁって源氏は思うんですって。半年かけて必死にかき口説いておいて、ずいぶん長い「イットキの気の迷い」よねぇ。


 そこから紫の上にしれーっと明石の君の話を始める源氏。本当の明石の君の見た目や性格を盛り下げてね。紫の上はいくら気の迷いとはいってもわたしは辛くて哀しくて泣いてばかりいたころにあなたはその人と付き合ってたんでしょ、わたしたち想い合っていたはずなのにね、ってため息をついたの。


「もうね、同じ方向を見ていられないなら(あなたは明石の君の方を見てるんでしょ)、わたしは先に死んじゃいたいわよ」

 と紫の上は和歌に詠みます。すると源氏はこう言います。

「ちょ、待ってよ。誰のために涙を流してツライ想いをして彷徨ってきたと思ってんの? マジ勘違いしてんじゃないよ? そんな風に思われてるんならこっちが死にたくなるよ。俺のたったひとつの願いはキミといつまでも幸せでいたいだけなのにわかんねぇの?」


 これが源氏ブランドです。源氏クオリティです。その場その場でつらつらと口説き文句が出てきます。それが本当にたったひとつの願いなら明石の君は必要なかった。他の愛人さんたちもね。それから誰のために謹慎したかってキミが朧月夜ちゃんとイケナイことしたから。紫の上は被害者。逆ギレされるいわれはアリマセン。


 よくもまあこれだけのことが言えるものです。紫の上の前では「いや、あれは気の迷いだから」「田舎だったからちょっとキレ―に見えた程度だって」なぁんて語った明石の君に対しては「澪標で逢えるなんて運命的じゃん、俺ら」と言ってのける光源氏。これがモテる男のスキルなのでしょうか。

 そしておそらくその時その時全力で語っているのです。いやさ120%? 紫の上の前で「明石ちゃん、こんな風に言ってごめんよぉ」とか、明石の君の前で「紫ちゃん、これウソだからね」なんて思っていないはず。

 120%で紫の上を愛していると口説く。

 120%で明石の君に愛していると口説く。

 どちらも本気。120%本気。全力で今一瞬を生きる。恐ろしく視野が狭い。過去の言動との整合性はまったくナシ。


 それでも千年前の読者は

「ま、ステキ! わたくしもこんな風に言われてみたいわ♡」

「お、この口説き文句は使えるな、ふむふむ」

 なんて思うのかしら?

 現代なら??? 



 ねぇ?




 ねぇ……。


 ご意見、ご感想はコメント欄へどうぞ(^_-)-☆



☆【超訳】源氏物語のご案内

関連するエピソードはこちら。よかったらご覧になってくださいね。


episode14 命をかけて…… 澪標

https://kakuyomu.jp/works/1177354054881684388/episodes/1177354054882623321

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る