9 追いかけてね


とにかく君は、逃げるのがすき。

君が生まれてから、僕はいったいどのくらい君を追いかけているんだろう。


今日は動物園にやって来た。

なのに君は、どうぶつなんてちっとも見てなくて

坂道を転がるように、走っていってしまうんだ。


ね、普通そこは、不安になるところだよ。

パパはいるかなって、ちらっと振り返るでしょ。


でも君は、まっすぐ前を向いたまま、どんどん坂を下りていく。

僕が追いかけてくるって信じているから?

それとも、目の前のことに夢中になっているから?


見失ったら誰かに連れていかれてしまうから

ぼくは必死に追いかける。

あの日のように。



考えてみたら、逃げるのは君の癖だったね。

君と僕がつき合い出してまもなくの頃から

ちょっと言い争ったり、機嫌を損ねると、君はいきなり走って逃げるんだ。

どんな混雑した街中だろうが、迷ったら困る山道だろうが、お構いなく。


いちど面倒になって、追いかけなかったことがある。


君は拗ねてしまって、機嫌を直してもらうのに、すごく時間がかかった。


「どうして、あの時、追いかけてくれなかったの?」


だって、急にだよ。

あの時、僕はすごい量の荷物を抱えていたんだ。

それも、ほとんどが君の買い物だよ。


しかも、君は高校の時、短距離の選手だったじゃないか!

男女差を考えるより、ハンデほしいだろ。


「追いかけなかったら、恋は終わっちゃうの!

 女の子は追いかけてもらいたくて、逃げるんだから」


君のその言葉が、なぜか胸に沁みた。

それから僕は、何が何でも君を追いかけることに決めたんだ。


背中に「追いかけて」って書いてある紙が見えるんだ。

逃げながら、つかまえてもらうのを待っている。


僕が恋人になってからは、路地には逃げ込まない。

スプリンターにふさわしく、直線を選んで走る。

時折君は振り返る。よくよく見ると、そこで足踏みをしてるんだ。



でも、ママと違って小さな君ときたら

僕の存在なんか忘れて、全力で走るんだよ。


思い出すのは、きまって転んだ時だけ。

ひっくり返ってしばらく動けない君は、むっくり起きて

やっと僕を振り返った。


あれ、パパ、どこ?






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