大地を見る人たち~内閣府危機管理センター災害総合監視部~

ピョンス

第1章 荒ぶる鬼神、襲来。(1)

202X年 8月下旬 東京


首相官邸地下 内閣府危機管理センター内


フロア内に耳障りな警告音が鳴り響く。

一瞬緊張が走るが、ステージ1(地震の規模を簡略化して示したもの。ステージ5が最大で、これが適用されるのはマグニチュード8以上の巨大地震である)の青を示すランプが灯ると、ほっとため息をつくスタッフも居た。


「気象庁より地震情報入電、鹿児島県トカラ列島沖合で地震です。深さは15キロ、マグニチュードは4.1、最大震度3を十島村で観測しました」


オペレーターの読み上げた報告に、本部長の冬木康介は眉間を揉みほぐす仕草をみせた。目の下には隈が出来ていた。


「やれやれ、またトカラか」


この所、トカラ列島近海を震源とする地震が毎日起きていた。マグニチュード4以上がこの1週間に11回発生するなど、地震活動が活発なため、地震警戒レベル(5段階で構成)を3、要注意に引き上げている。レベル3以上が発令されている時は常時監視となるため、そのせいでオペレーターたちは目の前のパソコンから離れられずにいた。もちろん、本部長の冬木も睡眠不足である。


「本部長、仮眠をとってこられてはどうですか? 自分が代わりに指揮執りますが」


冬木の苦悶の表情を見かねた西島副本部長が声をかけた。


「副本部長、そうもいかんのですよ。寝ようとしても地震で被害を受ける町並みが頭の中に浮かんでくる。そんな状況で寝られませんよ。懸案もありますし」


「自分もです。職業病というやつかも知れませんね」


「そうかもしれませんね....」


ふたりは顔を見合わせると苦笑を浮かべた。そして再び正面のモニターを見つめる。


フロア正面にある2つの大画面のモニターの左側には先ほどの地震情報と震源データ、座標などが示されていた。

そして右側には冬木のの正体の概況と予報円が示されていた。

画面の下には[台風12号 ツバキ〈TSUBAKI〉]と記されていた。


「中心気圧915hPa、中心付近の最大風速は65m、最大瞬間風速は80m。付近の海水温も高い。まだ下がると見ていいですね」


冬木の呟きに西島も頷く。現在の位置は小笠原諸島父島の南南西160km。時速20㌔の速度で北上中である。既に父島では暴風が吹き始めているという報告が上がっていた。あと1時間で暴風域に入るとみられ、小笠原諸島には既に多くの気象警報が発表されている。


「明日の昼過ぎには900を割るみたいですし。今の気圧配置からして、本州上陸は間違いありません」


「日本の太平洋側は未だに台風が通過していないし、梅雨明けてからの猛暑で海水温は日本近海でも30度。漫画のような悪条件が揃いましたね」


気象庁によると本州付近の海水温は非常に高い状況で、台風12号は猛烈な勢力を維持したまま本州上陸の可能性があると言う。

そうなれば伊勢湾台風並の被害は免れない。


「近年の日本の気候は不条理なほど暴力的になりましたね」


「確実に地球温暖化は進んでいるんです。変化のスピードが遅くなったとはいえ昔に戻れるわけでもない」


「人間の犯したツケは人間が引き受ける、ですか」


「仕方ないですよ。そのツケを払うのが俺達じゃないんですか」


冬木のぼやきに西島も同意せざるを得なかった。

近年の日本の気象は変化が著しく、沖縄を毎年のように猛烈な台風が通過していた。その度に大きな被害を受け、沖縄県の財政にとっても復旧の支出は大きな負担になりつつあった。

本土も無事ではなく、1時間雨量が100mmを超える大雨も増え、梅雨の時期は毎週どこかで死者が出るような異常事態に陥っている。


「どうですか?本部長」


後ろから声がかかった。

振り返ると、内閣副官房長官桂川直宏が立っていた。


「桂川さんですか。どうもこうもこの所の群発地震で寝不足です。ところで、何の用件でしょう」


「本部長、首相がまもなくこちらへ到着する予定です。この後隣の大会議室で緊急会議を開くとの事です。本部長も出席を求められていますよ」


いつものように人懐こい笑顔で内容を伝えた桂川だが、今日に限って目は笑っていない。政府もこの台風12号に危機感を持っているのだろう。


「了解しました。資料も出来てます。状況の説明等は気象庁がやってくれるんでしょう?」


「もちろんです」


「西島くん、少しここを空けるから指揮、頼んだよ」


「了解です」


一時的に自然災害総合監視本部の指揮権を移行すると、本部長は桂川の後に付いていくようにフロアを出た。

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