番外話 おまけのシャイニー
化粧台の向こう側にあるシャイニールームで塩見高校の生徒として生まれ変わったミコト。友達の優奈の想い人である瞬太の理想のタイプの女性像を聞き付けてミコトは再度このシャイニールームへ訪れた。いつもの様に手にとったパネルをスライドさせて体のパーツを眺めているとオプションの項目に見慣れないアイコンが目に飛び込んできた。
「えっ、これはもしかして男の子のパーツ....?」
快活そうな坊主刈りの頭や筋肉質な上半身が次々と表示され、はらはらしながら画面を下の方へと指をスライドさせていく。すると今居る場所の左上部の方から咳払いをする声が聞こえてきて、マイクにぼぅ、と息を通すといつか聞いた憶えのある声でパネルを持つミコトに向かって無機質な声が向けられた。
「コレハコレハ、長谷川ミコトサマ、毎度ゴ贔屓ニ。コノ度ハコノ部屋デノ肉体りめいくニモばらえてぃニ富ンダ選択肢ガ必要ダト考エ、実験的ニ男性ノぱーつモ用意シテミマシタ。コレカラモ快適ナにゅうらいふヲオ楽シミクダサイ」
以前と同じような癖のある口調でその人物はこのシャイニールームに新たに追加された機能をマイク越しに告げた。この間オプション機能で付いた他の学校の生徒に成れる選択の他に今度は男子に生まれ変われる機能も用意されたらしい。説明が終わり、咳払いがまたひとつ聞こえるとミコトは声の方向に向かって声を上げた。
「待って!男に成れるってどういう事?というか、そもそもあなた達の目的は何!?」
「先程説明ニアッタ通リデス。長谷川ミコトサマ、今後モドウカゴ贔屓ニ」
それだけ告げるとマイクの前に立った人物は以前と同じようにマイクの電源を入れたままでその場を立ち上がって放送室の物であるらしき重量感のあるドアを押し上げてその場から離れていった。ミコトはしばし途方に暮れていたがパネルに浮かび上がる男性の身体を眺めている内に密かに胸に秘めていた思いが込みあがってきた。
「一度だけ、男の子になってみようかな....」
ミコトは真っ赤な顔を浮かべるとその熱を逃がすように目線を辺りの殺風景な景色へと逃がした。パネルの上を滑らせていた指の動きが止まる。物心ついた時からソフトボールに打ち込んできたミコトにとってプレー中、何度私の身体が男子の身体だったらこの場面を楽に抑えられたか、と考えた経験から他の女子よりこの願望を持った回数は多かったはずだ。ミコトは脈打つ自分の身体の呼吸を整えると再びパネルに向き直って一息に男性の身体のパーツを選んで決定ボタンを押した。
「下心ないからね。これも実験のひとつ!何事も経験だ!」
誰も聞いていないにも関わらず、ミコトは自分の選択に説得力を持たせるように強い口調で自らを鼓舞しながら選んだパネルを抱えて輝くドアの向こう側にその身を溶かしていった....
目を覚ますとそこはいつもの自分の部屋。ベッドの上で身体を起こすとミコトは自分の両腕を見て感嘆の声を上げた。腕に生えた産毛とは思えない濃さの毛量、ごつごつとした角ばった指や骨の感覚。拳を握ると腕の腱にうっすらと湧き出る血管。どれも女性だったミコトの身体からは考えられない身体の変化だ。ミコトはベッドから飛び上がると急いで階段の下から自分を呼ぶ母の元へ駆け下りていった。
「お母さん、お母さん!あたしなんか変じゃない!?いつもと同じ?ねぇ!?」
「あんたねぇ....何寝ぼけてんのよ」
母はいつもと同じ外見で取り乱すミコトを眺めながら持っていたおたま片手に両腰に手を置いた。どうやらこの世界観はミコトがこの家庭で男の子として生活してきた世界線らしい。
「反抗期が終わったかと思えば、今度は女の子の真似かい?若者がこんなんじゃ、この先日本はどうなっちまうんだろうねぇ....」
「ねぇ?私、変じゃない?お母さん、ねぇーってばぁ」
「この子ったらどれだけ寝ぼけてんのよ。気色悪い声出してないでさっさと朝ごはん食べちゃいなさい」
ため息をついて廊下を歩き出した母親を見てミコトは自分が本当に男の子になったんだという事実を把握した。ミコトはその場でぐっと両拳を握り締めると「よっし」と気合の入った声で自分のとった行動の成功を噛み締めた。そして憧れの男性の身体を手に入れたと同時にこれまでの女性の身体に戻れなくなったらどうしよう、という恐怖が浮かんできた。この身体で生活するのは今日限りにしよう。朝食のトーストを口に運びながらミコトはそんな事を考えていた。
「おっす、長谷川!」
通学中、いきなり背中を他の男子にはたかれてミコトはおっとっと、と体勢を崩す。まだこの身体に慣れていなくてミコトは道路の脇にあった電柱を掴んで声を掛けてきたスポーツ刈りの男子を振り返った。
「おいおい、どうしたんだよ女みたいな歩き方して。今日の練習来るよな?女子にモテないからって部活だけでもハヤトに負けんなよ!じゃ、俺先行ってるからよ!次にDVDまわしてやるから放課後、また部室でな!」
スポーツマンらしいはっきりとした口調でミコトに言葉を発すると少年はミコトを追い抜いて通学路を駆けて行った。そうだ、今のミコトはウチの学校のサッカー部に所属するA組の1年生。シャイニールームで細かく選んだオプション機能が正確に反映されていて「ちゃんと真面目に改善したんだな」とあの部屋で聞いた声の主の仕事ぶりに感激する。
「さっきの子、歩き方が変だって言ってたな。こうかな、えいっ」
制服のズボンの先の革靴を前に出して胸を張ってずんずんと歩く。スカートを履いたままでは体験できない向かい風がそのまま身体の後ろに流れていく感覚。すごい、男子の身体ってこんなに動きやすいんだ!教室に入り自分の席に向かって歩き出す。後ろの席で自作の漫画が載っているノートを眺めている亜季に明るい声を伸ばしてみる。
「おはよっ、亜季!」
「えっ!?えええ!?......お、おはよう、長谷川くん」
思い切り動揺した仕草を見せて亜季が目を泳がせてミコトに挨拶を返した。いけね、今の自分は男のミコトだったんだ。クラスの空気が次第にざわついたものに変わっていく。
「おーい、長谷川が橋本を名前呼びしてるぞー」
「おい、あのふたり、いつの間に仲良くなったんだよー」
「えっ、長谷川クンって亜季みたいなコがタイプなの?....ちょっと意外かも」
「あ、あの!何でもねぇよ!ほら、ホームルームの時間だ、先生来たぞ!」
立ち上がって周りを見渡すとドアの向こうに担任の先生が見えたのでミコトは照れ隠しでクラスのみんなに声を張った。先生が出欠を取って授業を始めるとミコトはその合間の度に鏡で今の自分の姿を確認していないと落ち着かなかった。
あの部屋で新しくキャラメイクした男子のミコトは身長170cm ジャストの清潔感のある可愛らしい佇まいで休み時間に男女問わず声を掛けられる愛されキャラの男の子だった。一日の授業が終わると放課後の部活の時間が始まった。
部室の更衣室、ロッカーの前でミコトがなかなか着替えを始められずに居ると先輩達がロッカーに入ってきた。入り口で躊躇無くシャツを脱いで鍛え上げられた上半身を惜しげもなく晒す先輩を見てミコトは「お、おつかれさまでっす!」と裏返った挨拶を返す。その声を受けて一人の先輩が茶化すようにして笑った。
「長谷川はもうちょっと身体を作らなきゃな。近代サッカーではフィジカル強化が練習での最大重要項目だ。当たり負けしないように走りこんでおけよ」
「は、はいっ!」
ミコトの身体を眺め回すようにしてアドバイスを贈る男の先輩に顔を真っ赤にしてミコトは言葉を返す。
「おつかれーっす」
「おう、ハヤト。やっと来たのか」
ようやく決心してシャツを着替え始めたミコトの耳に聞きなれた男子の声が入って視界が青のユニフォーム一色になる。こんな姿をハヤト君に見られるなんて、ダメだよぉ、私。
急いで裏返ったユニフォームを
「おらー長谷川!着替えにいつまでかかってんだ!さっさと外周行くぞー!」
今日の朝、通学路で会った生徒がミコトの腰に抱きついて大声を上げている。ミコトは彼を力いっぱい突き飛ばして短パンを上げ直すと、簡易な造りの更衣室中に響き渡る声で悲鳴を上げた。
「き、きゃぁあああああああぁぁあああああああ!!!」
「お、おい!長谷川!」
「どうしたんだ、長谷川。女子みたいな声出して」
「いやぁぁあああああああぁぁあああああああ!!!」
仲裁に入るハヤトさえ遮ってミコトは更衣室のドアを開けてその場を駆け出した。その姿を見て驚いて声を上げるサッカー部員達。グラウンドを横切るように走るミコトの姿を見てマネージャーの美優が隣にいた祥子に声を出した。
「超速ー。いつもの練習より速いんじゃないのー」
「ほんとだー。世界記録出てるんじゃないー?」
「男の身体なんてもうこりごりだーー!!」
グラウンド中に響き渡るミコトの悲鳴。シャイニールームに戻るとミコトは暗闇の中でひとり膝を抱えてくすん、と泣いた。マイクの向こうから申し訳なさそうに声が響いた。
「アノー、長谷川サン、気ヲ落トサナイデクダサイ。若サ故ノ過チ。ソウイウ事ハ誰ニデモアリマス」
「もういいもん。ちょっと魔が差しただけだもん。もう絶対男になんてなるもんか」
涙を拭って新しく身体を選び直すミコト。そして今後二度と同じようにミコトが男子の身体を選ぼうすることはなくなったというお話でした。
―番外編 おわり―
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