(一)オレと私

第1話 体温は遠くに置いてきた

一熈いつき、昨日連れてきた情報屋から何か吐かせられたか?」

「無茶言わないでくださいよ。ONESっすよ?そう簡単に吐くわけねぇ」

 だ、と投げられた書類に目を通しながらため息混じりに呟いた。

「ったく、多少荒くなっても問題ねェんだから大なり小なり何か吐かせろ。」

「そう簡単に吐かせられりゃこんな長丁場にはなってねぇでしょ」

「お前も言うようになったじゃねぇか」

「いっで!」

 ごつん、と頭を小着いてくる北末先輩は、オレの隣に腰を下ろしたと思えば新聞を開けて煙草をふかしている。

「ここ禁煙なんスけど」

「禁煙なんてオレの辞書にはねぇ。んな事言ってる場合があったら昨日の情報屋を吐かせる術を考えやがれ」

「へいへい、分かってますって」


 一札特別捜査本部いちさつとくべつそうさほんぶ、通称一特。いちとく

オレが警官になる前ずっと前から置かれている特別捜査本部。世直しと称し弱者から安い価格で殺しを請け負う殺し屋集団ONES。この組織の正体を着かんで一斉検挙に持ち込む為の捜査本部だ。

 とは言え一札は尻尾すら見えてこねぇのが現実。それ故にONESだけで警察用語が増えたっつー話。一札っつーのはオレ達警察がONESを呼ぶ時の名。ONESという名前から取った“一”とどれだけ星らしきマル秘を挙げたとしても黒幕へたどり着けないまま翌日には別の死体が発見される。金のように世の中に蔓延るという意味から“札”とつけられいつからか奴らのことを“一札”と呼ぶようになったらしい。

 それくらい長く設けられている。こんなに長期間設けられているのだから最早特別捜査本部でもねぇ。だとすりゃ捜査四課と読んでもおかしくはねぇとオレ個人としては思っていたりもする。

 そんな一特にオレが異動になったのは一年前。周りに大出世だと持ち上げられたのは記憶に新しい。けれどオレにとってここにくることが全てだった。

 大嫌いだった警官なんかになったのはこの一特に来る為だ。ここに来てアイツを、幼馴染みのバカを挙げることがオレの償いでもあるとそう思ったからだろう。


「外務省大臣秘書江星悟殺害、またもやONESの勝ちか_だとよ。こいつは黒い噂の耐えねェハゲだったからなァ、ついに殺されちまったか」

「朝からそれのお陰で皆さんピリピリモードっすよ。警察要らずの世の中だとか市民の味方とか、警察お手上げだとか言いたい放題っすから」

「まあそれが記者の仕事だから仕方ねぇだろ」

「まあ…」

「それに市民の支持があるのは事実だしな」

「…」

「そりゃそういう所から見つかった金は全部孤児施設や難病治療に送金されてんだからオレ達よりずっと正義の味方だもんなあ、一札はよ」


 正義の味方か。確かにそうかもしれねぇな。

事実送金を確認している団体の声は多くある。それも元は裏金、しかも警察黙認で関わってたなんて話は珍しくねぇ。つまりそれを返してもらう訳にもいかずそのまま送金された団体が使用しているのが今のこの世の中。

 一札の送金は最早社会現象だ。この前見たニュースでは移植手術にアメリカへ渡った子供が近年三倍にも増えていると取り上げられていた。それも全て裏金をかき集めて支援している一札のお陰ってわけだ。そいつらの一斉検挙を目指しているオレ達の方がよっぽど悪者だ。一札が消えれば助からない命も多くある。

 とは言え一札は歴とした犯罪集団、人殺しの集団には違いねぇ。


「北末先輩、それでも警察官っすか」

「よく言うぜ。お前もオレとおんなじ考えだろうがこの警官嫌いの刑事さんよォ」

「…」

「ま、お前みたいな奴の方が生き残れんだよこの組織の中じゃ。お前の兄貴みたいに正義感だけが強いバカは警察には向いてねぇ。」

「…そっすね」


 一札に関わっている奴らの名簿を眺めながら北末先輩の話をぼんやりと聞いていれば目にはいった名前に手が止まった。

_浦部千鶴。

 オレの幼馴染みでもあり、この一札の一員の一人。警察もバカじゃねぇ、一札の構成員は大体は把握をしている。現にここに乗っている名前は五十とある。が挙げられないのは一札に所属していることが判明した所で人殺しに関わったとする証拠が何一つ掴めていないから。


「どうかしたか」

「いや…」

「ああ、…浦部千鶴ねぇ」

「なんすか」

「お前も色々と災難な人生送ってるなと思ってよ。兄貴は殉職、幼馴染みは一札構成員。」

「別に関係ねぇすよ」


 アイツの人生はオレの兄貴によって狂わされた。人一倍正義感が強くて将来は警察官になるんだと胸を張っていたバカは真逆の道へ進んだ。あの日がなければオレは刑事にはなってなかっただろうし、アイツが人殺しになることもなかった。

 あの日、オレ達の兄貴二人が死んだ日にオレがアイツに違う言葉をかけることが出来ていたならこんな面倒な人生になることはなかったんだろう。


「そういう顔はしてねぇけど」

「オレ、ちょっと出掛けてくるんで取り調べの方よろしくっス」

「へいへい。何か掴めたら連絡してこい」

「うっす」


 だからこそオレがこの手で、あのバカを挙げる。

もうお前が手を汚さずに済むように、なんて考えているオレはまだまだガキなのかもしれねぇ。

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君と繋ぐ嘘 キタヒラ @kthr

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