君と繋ぐ嘘
キタヒラ
(零)序章
第0話 私の生きる術
雨が止まない真っ暗な空を見上げて深くため息をついた。私はいつから空を綺麗だと思えなくなったのだろうか。昔は雨が降ろうとお気に入りの花柄の傘を振り回して笑っていたのに、今じゃ傘も指さずにただ雨を息苦しく思う。
雨は嫌いだ。私の生きてきた二十五年の間で一番悲しい出来事の起こった日を思い出してしまうから。大好きだった兄が死に憧れだった人が死んだ日。その日からもう十二年が経つ。あの頃はまさか自分がこんな生き方をしているとは思ってもみなかった。正義感だけは人一倍強い泣き虫だったから。いつも兄の優しい手を探して、そして憧れの人の背中を眺めていたただの女の子だった私が人を殺せるようになるとは思いもしない。それを仕事にするなんて考えもつかなかっただろう。
人は嘘で塗り固められた人形だ。
兄も、憧れた人も、今の私もそうだ。だから誰一人として信じちゃいけない。自分だけが正解なのだから。ぎゅ、と肩に彫られた鹿を握ってもう一度深くため息をついた。雨に打たれているせいか腕はひんやりとしていた。このまま体温が下がって何も考えられなくなれば良い、そう思っても人はそう簡単には死ねない。矛盾ばかりの世の中だとつくづく思う。あんなに簡単に人は壊れて亡くなるのに、私は簡単に消えてくれない。
_あの頃に戻れたなら。
そんな非現実的な事を考え出した所でやっと足が動いてくれた。そんな事を考えてもあの日には戻れやしないことを知っている。もうこの世に兄は居ないし憧れた人も居ない、あの頃の純粋な私もいない。誰一人いない。
「ただいま…」
「おー!やっと帰ってきたか。遅かったなあって、ずぶ濡れじゃん!傘は!?」
「傘なんて持ってるわけねぇだろ、通り雨なんだし」
「だからいっつも持ってけっつってんじゃん、折り畳み傘」
「うっさい」
「あーあー、相変わらず連れねぇなァ」
ガチャリと部屋の鍵を開ければ、口をヘの字に曲げて自分の家だと言わんばかりに寛いでいる男がいる。肩には私と同じように彫られたタトゥーの鹿がこっちを悲しそうに見つめてる。
「つーか千ちゃんその話し方なんとかなんねぇの、男みたいなそれ」
「今更何言ってんだか」
「それもそうなんだけど…」
「つーかここ誰の家だと思ってんの」
「え?オレの第二の家?」
「違う、バカ」
「いっで!」
「蹴ることねぇじゃん」と舌打ちをしながらお尻をさするこのマヌケ面の名前は修二。歳は私の一つ上だ。私と同じ頃に拾われた殺し屋集団
そんな修二は毎日のように私の家を自分の物のように使っているわけだ。これもこいつの教えのひとつ「使えるものはとことん使う」らしい。
「で、今日のどうだったわけ」
「変わんねぇよ。至ってフツー」
「相変わらず仕事に精がでますなあ、報酬女王」
「やかましい」
「いでっ」
口の塞がることをしらない修二の頭を軽く叩いて、荷物をソファーに投げればガラガラと音をたてて床に落ちるのは物騒な道具達。きっと同い年のOLが見れば発狂するんだろうけれど私にとっては大切な仕事に 道具でもある。
これが私の生きる道だ。
「風呂入ってくる」
「どーぞどうぞ、風呂入ったら飯でも行こうぜ。今回の任務かなりの報酬だったろ?なんせ相手は外務省大臣秘書だもんな。」
「たかんじゃねぇよ」
「たかれるもんにはたかる、これ生きる術な」
「へいへい、分かりましたよ先輩」
「よっしゃ、何食いに行くかな。肉か、いや刺身か?」なんてにっと笑いながらケータイをひらげて何やら調べ出す修二。まあこの人には助けられているのかもしれない。私一人じゃこの雨の日をこうして平凡に過ごすことも出来ないだろうから。
人を殺す仕事をする私が平凡なんて言葉を口にするのは間違っているのかもしれないけれど、これが私たちの平凡だ。
「なあ!やっぱ鍋行こうぜ、鍋!」
「鍋?」
「すげー旨そうな所見つけた!」
平凡に生きれるほど出来た人間じゃなければ、平凡に生きさせてくれなかった世界なのだから仕方ない。これが私の生きる道。
_アイツとは、大違い。
修二の背中を眺めながら不意に思い出した懐かしい背中を掻き消すように目を閉じた。
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