ep.5-7 『指令』


「ぶっはーーーー! つっかれたあーー!」


 えい、と最後の一段を踏み越えてソカロはついに不数の階段のいただきに辿り着いた。

 流れる汗が顎を伝ってポタポタと白い石畳の上に吸い込まれる。きゅっと汗を拭ってソカロは笑みを浮かべて目の前の絶景を楽しむ。


 セレノ随一の高台となっているここからの眺めは言葉では表せない。

 白塗りの壁と屋根のオレンジやイエローが、青く広がる海と空とのコントラストで鮮やかに映える。

 そして午後の強い日差しを受けた海はキラキラと輝いて、まるで光の海のよう。


「すっご…、ブレイっ、見える…?」

 息を弾ませながらソカロは背後に声を掛ける。

「……ああ、綺麗だ」

 返って来た言葉にソカロは笑みを深くする。彼の瞳は見下ろす海のように煌いた。

「へへへっ、そーだよね! こんなキレーな眺め、俺、ここに来てはじめて見た……!」

 深く感動した口振りでソカロは眼下の光景から眼を離さないまま零す。ソカロがセレノに来てもう半年以上が過ぎた。それでも彼の知らない光景がこうしてまだ残っているのだと、それがソカロには堪らなく嬉しかった。

「港があんなに近くに見えるよ! 船がいっぱいだね、ん…? 船になんか書いてある…? 天使…あくま…??」

 ふと、ここから近い港へと眼を向ければ何やら船の帆のあたりに文字が見える。「んん?」と怪訝けげんな眼でそれを読み取るソカロにブレイの声がかかる。


「本当に綺麗だ、まさかこんな美しい光景があるとは…あれはなんという花だろうか、見たこともない花だ」

「はな?」

 ブレイの言葉にソカロは目を凝らす。

 ソカロは眼下の美しい街並みを必死で探るがブレイの言うような花が見つけられない。……というかこんな高台から花など見えるのだろうか?

「ねーブレイ、花なんかどこ……っわ!!」

 不思議そうに呟きながらブレイに詳しく聞こうと後ろを振り返って、ソカロはぎょっとする。こちらを見ていたかと思われたブレイは地面に顔面から突っ伏している。地面にめり込みそうなブレイを慌てて抱え起こすソカロは必死だった。

「わあああー!ぶれーーい!! 死んじゃだめだーーー!!」

 涙目で訴えながらぺちぺちとブレイの頬を打つと、薄っすらとブレイは瞼を開く。

「ブレイ! 良かっ――、」

「ああ、天の御使いか…心配せずとも川はすぐそこだ、簡単に渡れるさ…」

 眼を開いたブレイにほっとしたのも束の間、不穏な言葉を紡ぐブレイにソカロはひえ、と短く悲鳴を上げると一層強くブレイの頬を叩く。

「ぶれいーー!寝ちゃダメだーーー! 寝たら死ぬぞーーー?!」

 雪山で似合いそうな台詞を叫びながら、きらめく海と眩しい街並みを背景にソカロは一心不乱にブレイをべちべちと叩き続けるのであった。






 余裕のトップを進むソーマとルミナたち。

 いい加減辛抱たまらなくなったルミナに蹴り上げられたソーマが肉を片手に、機嫌も悪く街中を進んでいた。


「もう!大幅なタイムロスよ!」

 機嫌が悪いのはソーマだけではないらしい。苛々と隣を睨みながら言うルミナも相当だ。

「っせーなあ、だあって走れ!!」

 未だもごもごと口を動かしながら言い返すソーマに、二人は益々険悪になっていく。あの魅惑の食料ゾーンを抜け、ルミナ達は坂を下る。この坂を降り切ればおそらく出るのは港。港に出ればそこから中央広場には近い。レースも終盤ね、とルミナは読む。


 坂を降り切って開けた場所に出れば、やはりそこは港だった。

 防波堤と、船を繋ぐ為の停泊台が張り出しており、漁師達の命でもある船が数十艇ほど停泊している。

「なにあの船のとこ…なんか布が掛かってる……」


 ルミナが言う通り、連なって停泊する船のマストには下げられた布が繋がれている。しかもその布の大きさと言ったらとんでもなく、何やらそこにドデカイ文字で言葉が書いてあるようだった。

 あまりにも大きいのでルミナはそれを解読するのに港の端から端へと移動しながら、ひどく時間を食いつつも何とか文字を読み取って文章にする。



 =====


 あなたは天国と地獄へ繋がる二つの扉の前に居ます。


 その扉の前には三人の門番である「天使」と「悪魔」と「人間」がいますが、彼らの外見は区別がつきません。


 そして彼らは「はい」と「いいえ」のふたつしか答える術を持ちません。


 天使は『真実』を、悪魔は『気ままに』返事をし、人間は『嘘』をつきます。


 貴方には二回、質問することが許されます。

 さあ、貴方はゴールにて天国の扉を開くことができますか?


 ====




「…なにこれが『指令』ってやつ? ってか、なぞなぞ…?」

 ルミナが嫌そうに眉を顰めると食べ終わった骨をポイ捨てしてソーマが口を開いた。

「わっけわかんね」

「ええーーっ! アンタもなのーー?!」

 明らかにショックと言う声を上げてルミナは途方に暮れる。

「そりゃあ、アンタに期待しても無駄だってことはなんとなく想像できたわよ…できてたけど……!」

 と、ここに来て大ピンチを迎えるルミナとソーマ。レースに勝つ為に最高のペアを選んだつもりだったがまさかこんな落とし穴があるとは。

 ルミナはがっくりと肩を落とした。





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