ep.5-6 巧妙なトラップ


 ブレイとソカロが死屍累々のきざはしを昇っているところで、別のルートを行く赤毛の二人は順調に先頭をひた走る。


 特殊なシューズを装備しているルミナのスピードはソーマにも劣らず、しかも少ない彼女の体力消費軽減に大いに役立っていた。

 階段を昇るような場合はローラーで滑っていくには難しいが、悪路であってもルミナのバランス感覚と豪胆さでなかなか上手く走るのだ。

 以前使用していたシューズはブレードの強度とタイヤローラーの故障に泣かされたが、今回オリオンに改良してもらったシューズは実戦でも十分活用可能かもしれない。

「うふふ、これなら……」

 ソーマにも後れを取らずに済むかもと、続く言葉は胸の内でだけ呟いてルミナは少し後ろを見る。

 軽快に滑るルミナの半歩後をソーマが面白くなさそうな顔で付いて来るのを盗み見て、ルミナは口許を緩ませた。それに気付いたソーマが眉を顰めて毒づく。

「んだよ笑ってやがんなクソ、大体セコいんだよ、てめー!」

 さしものソーマもこう長距離を走り続けていれば息も上がってくる。多少スピードを緩めてはいるものの、その速さは長距離を走る速さには適っていないものであるから尚更である。

「ち、水分が欲しいとこだな……」

 そう言ってソーマはその鋭い眼を更に凄ませて辺りに水分を補給できそうな場所はないか探る。

 言われてルミナも同じく辺りを探る。通常より負担は少ないと言ってもやはり体力は消耗する。軍属の者ならではの習性を見せて赤毛の二人は素早く辺りに目を通しながら家が建ち並ぶ狭い路地裏を駆けて行く。

「…だめね、やっぱ表に出なきゃ」

 ルミナの言葉にソーマは眼で頷くと、右前方の壁に左折のやじるしを顎で示す。

「ツイてんな」

 表通りに二人が飛び出せば、そこには目当てのものがあった。

 いやそれだけではない。目の前の通りには机が並べられ、ありとあらゆるものが置かれている。


 それは水の入ったグラスであったり、ワインと思しき赤い液体。蜂蜜に付けられたレモン。バナナにラビオリ、ペンネ。果てはローストチキンまで……文字どおり、ありとあらゆる食料が並んでいる。


「な、なにこれぇ? 好きに取りなさいってこと??」

 思いもしない光景にルミナは仰天する。隣で足を止めたソーマも同じような状態だ。

「水とかジュースやレモンなんかは分かるけど、ワインとかあんないっぱしの料理まで……しかもローストチキン? なにこれ!ギャグ?!」

 精一杯のツッコミを入れたルミナだが、そこでハッと我に返りルミナは隣を確認する。そこには先刻まであった影がない。

「ぎゃあ!いない! まさか……!」

 サァ、と蒼くなってルミナは先ほど目に留めたローストチキン辺りにもう一度眼をやる。


「ぃいやあああああ!!居るしーーーーー!!」

 ルミナが絶叫した先にはガブリとチキンに噛み付く赤毛の男の姿。ルミナの絶叫も気にする事なくソーマは噛み付いた肉を豪快に引き千切ってモゴモゴと咀嚼そしゃくする。


「もうーー!アンタばか!? なんでそこ行っちゃうの?! なーんで一番有り得ないものに食いついてんの?!」

 野性味溢れるその行為に、慌てて捲くし立てるルミナにチラリと眼を向けて、ソーマは猛烈な勢いで口内に残る肉を噛んで飲み込むと、とりあえず口許を拭った。


「ブァカ! 俺が食いつくってったら肉しかねぇだろが!これしかねえ選択肢だっつーの!」

 空いた片手で次の肉を掴みながら、ソーマは「それに」と鋭い眼光で凄む。

「レース前、あの馬鹿に「肉はあげないよ」とか言われてんだぞ! 俺はいま、究極に肉を我慢する気はねェ!」

 キッと真面目に返されて、ルミナは顔を赤くして怒鳴る。

「水分が欲しいとか言ってたのはどこのどいつよ、こぉのばかァー! そんなの置いてとっとと行くわよ!」

 いきり立つルミナとは反対にソーマは緩慢な動きで肩をすくめる。

「っは、別にいーじゃねーか。んな慌てなくても。どーせ俺らが残りの連中大きく引き離してぶっちぎりの一位だろが。ちっとくれぇ道草食ったって変わりゃしねーって」

 ソーマの言葉にそれも確かに一理あるかも、とルミナは迷いを見せる。それを嗅ぎ取ったソーマは更に畳み掛ける。

「休める内に休むのも兵として生き残るスキルだ、なァそうだろう軍隊長殿? ……オメーも今の内に水分取っとけ」

 トドメの一言を出されて、ルミナはしぶしぶ了解する。

 とぼとぼと近寄って水の入ったグラスを手に取ると、半ばヤケクソで冷たい水を一気にルミナは喉に流し込んだ。


 ――後に二人はこれを後悔することになるが、今はまだそれを知る術はない。


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