ep.5-5 秘密兵器と必殺コース

 ルミナは道化の言葉を一言一句逃さぬように聞き、開幕の銃声と共に矢のように駆け出していた。


「ソーマっ! しっかり付いて来なさいよーーっ!」

 楽しそうにルミナは叫ぶと、人混みの中を縫うようにして走る。

 小回りの利く小柄な体格と人の動きを読んで人の間をすり抜けていく状況判断の的確さで、ルミナはあっという間にトップ集団の中に入る。伊達に特軍の軍隊長を名乗るだけはある。

 軽やかに駆けるルミナとは反対にソーマは走る軌道を刻むように走る。

「っは、馬鹿が! 俺様に置いてかれんじゃねーぞルミナァ!」

 前方を行く、視界には姿が確認できないルミナに向かい、ソーマは叫び返す。と、同時に目の前を走る邪魔な男の肩を掴むんで強引に引き倒し、自分の走るルートを確保した。転倒する男には目もくれず、次の走者を押しのけてそのまま前へ出る。

 ソーマが走った後は転倒者やよろめく人で混乱が起きている次第だが、後ろを振り返ることなどこれっぽちもないソーマには関係のないことだった。

 徐々にソーマの周りからは危険を察知した走者が離れ、図らずも走りやすくなったソーマは喜色を浮かべルミナに追走する。


「オラオラ、まあだチンタラ走る気か?あァ?」

 揶揄るソーマにルミナは自信あり気にニヤリと笑い返す。会話しつつも疾走の歩が緩まない二人はついに先頭へと躍り出る。

「フンだ!今日はばっちり私のお気に入り手入れしてんだから! アンタ、気を抜いてると本当にルミナちゃんに置いてかれちゃうわよ?」

「あ゙?」

 ソーマが意味分かんね、と眉を顰めるとルミナは得意そうな顔でフフンと鼻で笑い、跳躍する。

 地を蹴って空へ飛び上がったルミナは空中で器用に身体を縮めて捩ると、横様に折って上げた足、もとい履いている硬質素材の靴へと手を伸ばし、触れる。

 途端ジャギン、と金属の鳴る音。

 石畳の街路にルミナが降り立つ頃にはその靴からはローラーのついたブレードが金属の光沢を煌かせ、覗いていた。

「ふふん、どーよ?」

 さも得意げな顔で眉を上げて見せたルミナに、ソーマは余裕を浮かべた自分の笑みが多少歪むのを感じたが、自分の矜持きょうじでそれをなんとか保つ。眼が笑えてるかは微妙なところであるが。


「さあ、サクッと終らせましょ?」


 ジャッとローラーが石畳と擦れる音を皮切りに、ルミナはソーマに背を向けて人影のない先頭を涼やかに疾駆し始めた。






 悠々と先頭を行くルミナ達赤毛とは一変、散々なのはブレイ達である。

 早々に後れを取り、舌打ちしながらも躍起やっきになって駆け出したブレイだが、これまた早々に肺が悲鳴を上げている。

「はっ、は、も…無理…!」

「まだ始まって少しじゃんかー!がんばれブレイ!」

 横でぴょこぴょこと駆け回りながらソカロはブレイを応援するが、一向に効果は見込めない。

 寧ろぜえぜえと息切れる少年の脆弱さを邪心なく突いてくるソカロの言葉にブレイは心折れそうになる。

「こ……うの、はあっ、…っいて、な……」

 恐らくは「こういうの向いてない」と言いたいのであろうが、言葉にならない文字の羅列にソカロは「?」を浮かべるばかりで、今にも倒れそうな主君を心配そうに見つめるしか出来ない。

「がんばれー、っあ! ブレイ見てみて!やじるし見っけた! 今度は一個だけだから…こっちに曲がるんだね!」

 そう言ってソカロが指した先には曲がり角。

「…っは、や、ちょっと待て…あの、先は…!」

 霞む目で辺りの街並みを確認すればブレイは更にげっそりとした顔を浮かべる。ブレイの腕を掴んで曲がり角を曲がったソカロとブレイの目に映ったのは坂。

 それもセレノの名所とも言える不数の階段である。


 その「数えず」の名が付いた階段の段数は途中で数える気力が萎えること、数える余裕もなくなるという理由から来るものである。

 老人子供は以ての外、若年の男でも昇り終わった頃には老人のように腰が立たず、一気に老けるということから別名「年嵩坂」とも呼ばれている。

 ともかく地元住民でも昇り切ることの少ないなのである。実際、不数の階段には所々で枝分かれし、頂まで一本で昇りきるようなことは滅多にない。……が。


「わき道がぜーんぶ塞がれてるねー!」


 平坦な街路へと繋がるはずの分岐路は、すべて板やドラム缶などで塞がれている。

 絶句のブレイとは真逆にソカロはいつも通りの笑顔をにこにこと浮かべ、急な階段の最頂を呑気に窺っている。

 息切れとはまた別の要因で言葉が紡げないブレイが階段を目で追うと、段の途中途中に死に掛けのゾンビのような人影があった。

 いや、ゾンビのような、ではない。まさしくあれはゾンビである。死屍累々とはまさにこれを言うのだろう。


「うーんこれは大変そう…でも…よーしブレイ!行こーう! めざせゴーカケーヒン!ごーかなごはん!!」


 えいえい、おー!と一人で底抜けに明るい鼓舞を入れてソカロはそっと背を向けて来た道を戻るブレイの襟首を捕まえる。

 ぐえ、と上がった声を気にも留めずソカロは爛々と輝く瞳を頂上に見据えて数段をかっ飛ばして昇りだした。

 人ひとりを掴んで嬉々として昇るその逞しい腕と広い背中を追う者はいない。ただ追い縋るのは、引き摺られて苦しみを訴える少年のゾンビのような声だけである。


 しかし何も苦しいのはブレイだけではない。

 百名近くいた参加者だが、いまなお走り続けているのはほんの一握りである。

 ある者は突如現れた落とし穴にそれはもう見事にはまり、またある者はどこぞのゲリラ戦地区かというようなブービートラップに文字通り足を釣られていた。そして大多数はブレイ達にも立ちはだかっている不数の階段にる。


 また、二人一組という制限が非常に厄介なものとなっているのも理由として大きい。

 例え一方が優れていても、他方が共にゴールしなければ失格となるのだ。ペア選びがこのレースの要となることは言うまでもないのである。

 そして残る「指令」。

 いまだ誰もこの指令までには辿り着いてはおらず、その内容も謎である。レースの終盤には間違いなくこの「指令」なるものが大きな影響を与えるのであろう。


 かくして意外に高難度なタウン・レースは中盤に差し掛かるのであった。


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