ep.5-4 レーススタート
スタート地点へと立てば、周りはセレノの住人の他にも他所の街からやってきたであろう見慣れぬ者も混じっていた。数はおおよそ百前後だろうか。よくぞこんなに集まったものだとブレイは嘆息する。
ブレイ本人としては、こんなにも大規模な催しになるのならば運営側へと回り、治安に乱れがないか、眼を光らせていたいところである。
「この競技の人気を舐めていたようだな……」
ふ、と自嘲する様に笑って、しかし今更どうしようもなくてブレイは肩を落とす。隣で背伸びをして辺りを見回す浮かれたソカロの様子が目に入り、ブレイは更に肩を落とした。
「だいたいタウン・レースと言ったって、一体どんな競技になるかいまだ説明もない……。分かっているのはペアでの参加ということくらいか」
ブレイは胸元の「33」の数字に目を遣って、ソカロの右胸の数字を見やる。
てっきりルミナは仮エントリー時にソカロとペアで提出したものかと思ったが、そうでないらしい。それについては特に文句はない。寧ろ喜ばしい気もしたが、ソーマと組むというのも不安だった。
ブレイは前方で人ごみの中、邪魔にならない程度に軽くストレッチをするルミナと、周囲を気にすることなく思いっきり肩を回す隣の赤毛を見る。
レース中はペアで散り散りになってしまうだろう。
残念だがあの二人にブレイは付いて行ける自信はない。せめて、自分やオリオンと組んでくれればと思ったが、勝ちを獲りにいくルミナの姿勢を思えば、絶対にそれはないであろうと考えブレイはブルーな気分になる。
ただでさえ、今からレースに出場するという、自分にはおよそ向かないことをしなければならないのだ。これがどうして沈まずには居られぬか。
「か、帰りたい…」
ブレイが呟いたところでカンカンカンと手持ちの鐘を打つ音が広場に響いた。
続いて響いたのは明朗な男の声。
なにか仕掛けがあるのか、男の声は拡声されレースへ沸く広場に居ても明瞭に聞き取れる。
『こんにちはタウン・レースにご参加の皆々様!』
声のした方向へ、ごった返す人の頭の間から視線を向ければ、ちらりと黄色と赤の縦縞。道化のような格好をした男が見え隠れする。
『本日はたくさんのご参加ありがとうございまする! 私はこのタウン・レースの運営を行わせていただきます旅団『イドラ』に属する道化にございます。さて皆様、タウン・レースは御存知でしょうか!?』
おおーっ!と上がる歓声と、振り上げられた腕に余計視界を塞がれ、ブレイには司会の顔が見えない。
『なんっとありがたい! では
先程よりももっと大きな歓声が上がる。前方にいるルミナも熱気に浮かされきゃーきゃー叫びながら跳ねている。
『レース内容は単純です! コース指示に従い街中のあらゆる障害を抜け、途中で出される指令をクリアし一番にここにあるゴールテープを切るだけ! ただし必ずペアをお組みになった方とお二人で、ですぞ!』
道化は人々を扇動するように段々と早口になっていく。
『コースを指示する矢印には分岐もありますので、皆様方の選択や運も非常に重要となりますことでしょう! そして一番最初にこのゴールテープを切った方が栄誉ある王者の地位と、豪華絢爛なる賞与に与れるのです!』
司会の道化が喋る度に、広場は割れんばかりの歓声に沸く。
興奮を叫ぶ声と、飛び交う野次に耳を塞ぎながら、ブレイは未だ確認できない司会の姿に苛々を募らせていた。
そんなブレイの態度に、突き上げた拳はそのままにソカロは「?」を浮かべる。この会場に居る中でブレイだけが渋い顔をしていたからだ。
「どうしたのブレイ。こわい顔になってるよ?」
「ふん、そんな顔にもなるわ! 奴は障害を街に仕掛けたと言った。つまりこの僕への届出も許可もなく勝手に街へ手を加えたということだろう、そんな勝手許さんぞ…!」
ふつふつと沸く怒りを滲ませながらブレイは奇妙な動きで頭を揺らす。
「……ええい見えん! 奴の分厚い面の皮を拝んでやろうと言うのに!」
忌々しげに吐き捨てるブレイにソカロはきょとんとした目をしていたが、得心してにっこりと笑った。なるほど、プンスカしていることと、さっきのヘンな動きの理由は。
「見えないなら抱えて持ち上げてあげるよー!」
はい、と腕を広げた無邪気さの塊であるソカロにブレイは自分の血管の切れる音を聞いた。
ブレイが悪態を付こうと口を開くが、それと同時にパァンという威勢のいい空砲が響いて一斉に人の黒山がさざめき動き出す。
こうして雑踏に揉まれ、事態を把握できないまま、スタート地点から動けぬブレイのタウン・レースはいよいよ始まった。
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