ep.5-3 狙うは栄光の一位



 城外に出ればセレノの街はいつもの浮かれ騒いだ気配から、更に数段その熱を上げていた。快晴の空に、気の早い住人の打ち上げた煙花火が打ち上がる。

 セレノの中心街には立派な像が象られた噴水があった。あちこちで沸き上がる歓声と喧噪けんそうを、ブレイはその噴水の縁に腰を下ろして眺めていた。その表情には疲労が滲んでいる。


 セレノという街は海に隣接した港街である。

 港があるといっても、起伏のある土地柄、街の中には坂や階段が多く、ミルクイエローの建物や白塗りの壁に挟まれた小さな路地があちこちに伸びるセレノは、レース会場としては申し分ないだろう。

 単調なつくりの街はタウンレースの開催地には向かない。なにせレース会場は勝手知ったるホーム。参加者は熟知した自分の街を駆けることになるのだが、このタウンレースはそんな参加者の裏をかくようなレースを用意する……らしい。


「実際に見るのは初めてだな」

 ――参加自体も無論、初めてだが。

 気乗りしない一言を付け足して、ブレイは腰を下ろしていた噴水の縁から、人ごみの中からひょこっと飛び出したソカロの頭を見つけて立ち上がる。


「ブレーーーイ!ちゃんと本エントリーできたよー! 参加証ももらったー!」

 そう言って駆け寄ってきたソカロの腕の中には、参加証のナンバープレートが二枚となぜかたくさんの紙袋。

「ああ…、で。それはどうした」

「これ?」と嬉しそうに紙袋をごそごそと開けるソカロは、中から様々な戦利品を取り出す。それはバケットからトマト、フランクフルトから魚の干物まで実に様々だった。

「街の色んな人にもらったんだよー。久しぶりに会ったからだってー!」

 にこにこと心底嬉しそうにソカロは言うと、輝く笑顔で串刺しにされた焼き魚をブレイに突き出した。

「ブレイはレースとか苦手でしょ? これ食べたらきっと元気でるよ!」

 その根拠は一体どこからやってくるのか、もう突っ込む気力もなくしてブレイはしおしおとその香ばしい魚を受け取った。


「あっ、いたいたー! おーいブレー…っと!わあぁ、ソっカロさぁ~~~~~ん!!」

 語尾にハートを振りまきながら駆け寄って来たのは、オフにしては珍しく隊服を着込んだルミナだった。胸元には参加証であるナンバープレートが付けられている。数字は37番。その後方に同じく隊服を着たソーマが、かったるそうに歩いてくるのが見える。

「ソカロさん、あのっ、本エントリーは済みましたか?」

「うん! ほら、俺ら33番! あ、ルミナもこれどーぞ」

 頬を上気させて話しかけるルミナにソカロはニコニコと、今度は袋からリンゴ飴を差し出す。ずん、と巨大なリンゴ飴を向けられて、ルミナはそれに負けないくらい顔を真っ赤にしながらしずしずと飴を受け取った。

「……なるべくオフではその服は着ないんじゃなかったか?」

 そんな様を見せられて「全っ然面白くない」といった空気を隠そうともしないでブレイは刺々とげとげしい目付きでルミナの隊服を見る。そんなブレイの言葉にルミナはズビシっ!とブイサインを突き出す。

「ふっふっふっふー。ブレイ君ったら自慢の頭で考えてごらんなさいな。特軍が参加してるって分かったら、このルミナちゃんに恐れおののいて、み~~んな参加辞退でしょ? これで邪魔な参加者が減って道も広くなるってもんだわ! そして豪華景品は私のものになるのよ!ホホホ」

 ブイサインだった手は最後には口元に添えられ、高飛車なマダムのようにルミナは笑う。

 まあ一理ないこともないか、とブレイは納得すると、自分とソカロの服装を見る。いつもの赤い官服に、ソカロの紫のコート。ブレイはひとり満足するように頷いた。


「けーひんって何がもらえるの??」

 ソカロの質問にルミナはピッと佇まいを直して上目遣いに口を開く。

「はい、具体的には公表されてないのですけど…、とにかくとってもいいものらしいです!」

 ルミナがガッツポーズを決めたところで、すかさず低い声が割り込んだ。

「ああ?んだそりゃ。なにが貰えるかも分かんねえようなモンの為に、俺はこんなお遊びやらされんのかぁ?」

 ことごく神経を逆なでするような言い方に、ルミナは仰ぎ見るようにして首を反らせると、後ろに立つ悪人面に一瞥をやり頬を膨らませた。

「……いつも思うけど、ソーマって本っっ当、性格悪いわよね」

 ぶすっとした表情のルミナに、ソーマはそれは楽しそうにニヤリと嗤うと、こちらに向けられた頭を無遠慮に掴んで正面を向かせてやる。

 ブレイの真正面に向き直ったルミナは未だ膨れっ面のままで、ニヤニヤと笑みを浮かべるソーマも平常と何も変わらない。

 それがあまりにも普通過ぎてブレイは複雑な気持ちになる。


 先日ルミナの部屋で見たソーマの行動を思い、ブレイはそっとソーマの表情を窺ってみる。ソカロになにやら食べ物をたかっている様子のソーマは差し出されたものが気に入らないのか、ソカロの手から何かを叩き落とす。「肉よこせ、にく」と、そんないつもの光景などを見ても彼の真意など読み取れるはずもない。

 何かの見間違い、でなければ只のたわむれだったのだろうか。しかしそれにしてはあの時の――。


「もうっ、ブレイってば聞いてんの!?」

 はっとして目を瞬かせれば、ルミナが怪訝そうにこちらを見ていた。

 どうやら考えに気を取られてぼうっとしていたようで、ルミナの呼びかけに気付いていなかったらしい。ブレイは表面的には冷静に、しかし内心ソーマの眼に不審に映らなかったか気にかけながら、なんでもないような態度を取る。

「ああ、すまない。オリオンとトウセイはどうしたのかと思ってな」

 それなら、とソカロが食べ終わったフランクフルトの串を未練がましくペロペロと舐めながら口を開いた。

「トウセーが帰っちゃおうとするから、手がかかるんだって。だから先に行っててねってオリオンが言ってたよ。エントリーはすませたし、後から追いつくから心配しないでねー、だって」

「あら? そうなの。まあ、確かに大変でしょーね……」

 ルミナはソカロの言葉にうんうんと頷く。手に持った大きなリンゴ飴もそれに合わせてゆるゆると頭を振る。

「エントリーさせた奴がよく言う……」

 ブレイの言葉はまるっと聞こえないことにして、ルミナはぐっと拳を突き上げた。


「よーーっし! 狙うは栄冠の一位!みんな気合入れてくわよーーっ!

 っしゃーー!」


 ルミナの号令に合わせて「しゃー!」と元気に拳を突き上げたのはソカロだけで、この後ルミナの指導によって全員檄を叫ばされ、一同は競技のスタート地点である中央広場入り口へと歩き出したのであった。


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