ep.5-8 ちょっとしたショートカット


 それぞれ危機を迎える二組から離れて、ではレース開始から姿の見えないオリオンとトウセイのペアは――。


「ねえトウセイ、あれ読める?」

「………………問答。…あれが、指令?」

「うん、だと思うよーー」

 

 オレンジの屋根の上に座って真正面の港、その船に広げられた幕を折り畳み式のコンパクト望遠鏡で覗いているのはオリオン。

 その隣ではりの部分に立ち、目を凝らしているのは無理矢理レース参加を余儀なくされたオリオンの護衛役、今回はレースのペアとして参戦させられたトウセイである。

「…………………で、どうするの」

 風に煽られた異国の服と漆黒の黒髪がなびく様子は、セレノの街並みには馴染まない。呟くように喋る彼の話し方は慣れないと上手く聞き取れないのだが、オリオンは腰を上げて縮めた望遠鏡をポケットに突っ込んで、うーんと背を伸ばす。

「そりゃーゴールを目指すでしょー。だから早くコース戻らないとね」

 相変わらずの表情の変わらなさだが、ちょっとばかり悪戯に笑ってみせてオリオンはじいっとこちらを見つめる視線の持ち主を振り返る。

「…………ずる」

 ぼそりと零したトウセイの非難めいた声にオリオンは穏やかに口許だけで笑う。

「だってトウセイがレースなんかいやだって言ったじゃない。俺も走り回るのは好きじゃないしー。要はさ、指令をクリアして二人一緒にゴールすればいいってことでしょ?」

 両手の人差し指を立てて、ぐるぐると空中を掻き回す仕草をトウセイは冷ややかに見つめる。

「……監視だって、そうそう細かなとこには回らないしちょっとしたショートカットってことで」

「ね?」とあまり悪びれた風もなく言うオリオンに、トウセイは諦めたように目線を切った。トウセイの視線から逃れることが出来るのは世界広しと謂えども、きっとこの眠たげな表情をした少年だけなのだろう。

「…………帰る」

 フイ、と衣を翻してトウセイは屋根から屋根伝いにしなやかに飛び降りる。

 ひと足先に街路に降り立ったトウセイは、屋根からその様子を眺めていたオリオンを眼だけで見上げる。

 相変わらず表情の変わらない自分の護衛対象にトウセイは小さく溜息をつく。

「じゃーまた別行動ってことで。次はゴール近くで会おうねー、俺のことちゃんと見つけてねトウセイ」

 ああそうだ、と大袈裟な身振りをつけたオリオンがおどけたように台詞を追加する。

「俺が危ない時には助けにきてねーー」


「じゃあねー」と屋根の上からひらひらと手を振るオリオンに背を向けると、今度こそ本当に溜息を吐いてトウセイは歩き出した。

 自分に与えられた任務は帝国科学技術研究員、オリオン・オーギュストの護衛。

 ――オリオンがレースに参加するというなら、どんなに嫌でも最終的に自分はこれに付き合わなくてはならない。

「全く、厄介な任務…」と口には出さずに呟いて、トウセイは路地裏に消える。予め危険は排しておいた方が結局、自分が楽になるのだから。しかし。

「……………はあ、めんどくさ……」





 路地裏に消えた黒と白の人物を見届けて、オリオンはゆっくりと屋根を降りる。勿論トウセイのような降り方などはしない。

 ――というか身体能力になんの自信もない自分には到底むりな芸当だ。

 

 屋根裏部屋に繋がるはしごを慎重に降りながら、オリオンは安全に屋根を降り、家内に降り立つ。そこから悠々とよそのお宅の玄関から表通りに出ると「お邪魔しましたー」と一言、律儀に会釈する。頭を上げながら、玄関先に立て掛けておいた板を手に取る。

 板の裏には前方と後方に小さめのタイヤが付いており、板を補強するように軸が張られている。その面を地面に向けて倒すとオリオンは板に片足を乗せた。

「セレノは坂が多いからスケボーだとちょっと行きにくいんだよねー。なるべくなだらかな道行かないと、ねーー」

 そう言ってオリオンは地に付いている方の足を蹴る。

 その作用でスケボーと呼んだ板は地面を滑り出す。何度か勢いをつけて地を蹴れば、ボードはスピードに乗る。タイミングを測ってオリオンはもう一方の足もボードに乗せると両手をズボンのポケットに突っ込んで、不安定なバランスながら道を進んでいく。

「あーやっぱスケボーは楽しーー」

 本当に楽しいのかどうなのか判断の付かないトーンと表情で、オリオンは顔に風を受けながら、スタート位置でもありゴールでもある中央広場へと向かって進んでいくのであった。


 こうして各々が今回のタウンレースにおける『指令』――謎掛けを知ることとなった。

 あとはこの答えを持って一番にゴールする、それを残すのみである。




 

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