ep.1ー9 友人の訪れ
城の
溶けた
部屋の中は落ち着いたボルドー色のカーペットが広げられており、窓と反対側の壁面には重厚な
背の高いダークブラウンの棚には分厚い本が隙間なく並んでおり、部屋の奥にはアンティークの見事な机が、そこにあるのが相応しく配置されていた。
しかし、残念ながらその机の上には高く積まれた書類の山や、ぞんざいに置かれ散らばり重ねられた本たち、その上にも横にもインクや万年筆が転がっており、その価値を
その机上の山々の間に突っ伏している一人の少年がいた。
ぴくりとも動かず、死んだように時を止めている。寝ているわけでもなさそうで、勿論、死んでもいない。
その少年の髪は積み上げられた書類や本の隙間から差し込んだ光を受け、春の若葉のように淡く輝いていた。その光景は絵画になりそうな完璧な美しさを保っていた。
そう、やっぱり彼が地獄からの使者が紡ぐような声で、物騒な言葉をその唇から発するまでは。
「あいつめ……やっぱり死なす」
あの反乱軍との戦いの後、事後処理に追われていたブレイは息つく間もなく働いていた。
投降した者への今後の処置や、傷ついた兵士たちへの対応と今回の指揮官の失策――といえば
加えて、ソカロはまったく前回の謝罪と叱責を覚えていないらしく、提出書類を大量に溜め込んでいる。その為、ブレイがこうやって彼の分まで仕事をこなしているわけであった。
今回の戦いの首謀者であるダーインとかいう男は、大した思想もなく、ただ己の欲望と
しかし――、それに乗った人間は思いのほか多かった。
ダーインの集めた人員の中には今のこの国に反感を持つ者、生活に
国王の、父の統治はやはり完璧ではないということか――。
開いていた目を静かに伏せ、胸に広がる苦く暗いものが収まるまで、ブレイは目を閉じてそれをやり過ごした。
◇
快晴の空の下、城の展望バルコニーにはたくさんのカモメたちが集まり、地面に
見渡す大海原は波も穏やかで、濃い青を
この海の向こうはイズリエンの民が此方と変わらず、少しは平和に生活しているのだろうか。
ブレイは海と空を瞳に映し、自国、国王、己に任されたこのエスト地方。更には遠方の敵対国イズリエンへと思いを
そんな時、ブレイの隣にカモメよりも大きな一羽の白い鳥が舞い降り、
「やあ、久しぶりだな。なにか食べ物にありつきたかったのなら、一足遅かったな。もうカモメたちが腹に収めてしまった」
ブレイの言葉に首を傾げるような素振りを見せ、鳥は鉤爪をカチカチと鳴らしながら、器用にブレイへと近寄った。
「なんだ、いつもは近寄るなといわんばかりの態度の癖に。
苦笑しながらブレイは続ける。
「僕は悲しい……いや、悩ましいことばかりで困っている。そう、前にも言った能無しの部下だが、また同じことを繰り返している。まったく学習能力のない奴さ。お前の方が賢いかもしれないな。……しかし」
ブレイは兵に聞いたことを思い出す。
自分が敵軍の手に落ちた時、
頭は弱いし、言い付けもすぐ忘れるしょうもない奴だが――。
「やはり、能無しというのは取り消そう。なんだかんだ、あいつのことを一番信用しているのはこの僕だ」
隣でふわりと笑うブレイの姿を見つめていた鳥は、広がる海と空へと視線を戻した。
だが、穏やかな時が流れるその場は長くは続かなかった。
何時かのように勢いよく扉が開かれる。鳥はその音に驚き、一瞬にして欄干から飛び去ってしまう。
また、ソカロがなにやらかしたのかと呆れながらブレイは扉へ向き直ると、ハッとした様子の兵士が「失礼を」と頭を下げる。いい、と手で制しブレイは用件を促した。
「で、どうした。あの馬鹿がまたやらかしたか? もう面倒見切れんぞ……」
兵士はいやいやと、首を振った。その様子に疑問を浮かべるブレイに兵士は恐る恐る答えたのだった。
「先刻、特軍軍隊長、ルミナ・セストナー様が…突如帰還されました」
兵士の言葉にブレイは気が遠くなる。
ああ。束の間の平穏など、あってないようなものだと。
===
ep.1 Bray & Socalo
(少年君主と忠犬)
end
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