ep.2 Luminatic Princess !

ep.2-1 密林の悪夢


 蒸し暑さと焦りだけがその男にとってのリアルだった。


 日の光を遮り、あたりは真昼というのに緑に薄暗い。四方は背の高い木々やツタ、そして南部を象徴するようなシダが生い茂り、時折頭上では何かの動く葉擦れの音がする。


 その中を闇雲に男は駆ける。

 真っ直ぐ前に進んで行ったかと思えば、左方へ進路を変えたり、かと思えば引き返したりと、男の行動はこの密林の中で彷徨さまようことが目的なのかとさえ思えた。

 事実、この男、今まで自分がどこから走ってきたか、いま自分がどの位置にいるのか。それらをまったく把握できていなかった。

 しかし、男はそれでも構わない。

 無理やりに走った為か、男の体には擦り傷や打撲の跡があちらこちらにあったが、気にも留めない。

 とにかくこの密林から一刻も早く出る。男の頭の中にはそれのみなのだ。


 しかしながら男の脳内は迷走する。

 早く早くとそれのみを急く頭の中、ちらほらと「もし逃れ切れなかったら?」という囁きがこだまする。

 その問いの答えを考えまいと男は更にがむしゃらに駆けていく。

 めちゃくちゃな走り方に体は悲鳴を上げ、こみ上げてくる鉄錆の味で喉が焼け、足がもつれる。

 遠くに、この戦地に場違いな、高く澄んだ少女の号令が聞こえた。


「逃がさずせんめつ~~っ!!」


 冗談じゃない。

 男は、自分では自覚していなかったが――、悲鳴を上げながら、所持していた剣も、兜も放り投げ、がむしゃらに駆け続ける。背後から上がる同輩の叫び声に目をつむり、その声が聞こえなくなるまでひたすらに走る。


 散々走った男は息が続かなくなったところで少しペースを落した。

 ここまで逃げてきたのだ、このジャングルの出口も近いかもしれない。ちらりと前方に白く漏れ出る光を、その一点を目に留め、男の顔には自然と笑みが零れた。

 しかし、緑の迷宮からの脱出は叶わない。


 後頭部を襲った鈍い痛みと衝撃。

 なにが起きたか分からないまま、男は地面へと叩きつけられる。

 なんだか急速に疲れを感じる。動くことも見ることも、考えることもできぬまま、男は静かに昏倒こんとうした。

 した男の背には無遠慮に足が掛けられる。ハッと乾いた声が笑い、その背には嘲るような低く冷たい言葉が落とされた。


「逃がすかよ、殲滅だっつってんだろ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る