ep.2-2 ぷりちーヒロイン・ルミナちゃん


 港街セレノ。青い空青い海。白い雲、降り注ぐ陽光。ここに暮らす住民は陽気で笑顔の絶えない者がほとんど。ここは、そんな活気ある街だ。

 そしてこの街の小高い丘陵きゅうりょうには砦の様な城塞が、海を背後に堂々と建っていた。

 その城の見晴らしのよい展望バルコニーでは、一人の少年がそんな明るい周囲に反して顔面蒼白、魂が抜けたように立ち尽くしていた。


「あああ悪夢だ…。何故、いま、この忙しい時に、ああ……、何・故・だっ!」

 最初は打ちひしがれながら言葉を紡いでいた少年だったが、最後は吐き捨てるように吼える。

 青い空、青い海、白い雲をバックに吼えた少年の名はブレイトリア・ウル・ディスプロ。この城の、若干十五歳の君主である。


 ブレイは先ほど従者から告げられた伝言を思い出し、端正な顔を歪めた。

 ――特殊戦闘特化軍とくしゅせんとうとっかぐん、その軍隊長が事前になんの連絡もなく、たったいま!城へと帰還したというしらせである。

「ああ、きっと今にままを言い出すに違いな……」

「ブレイ様っ!」


 言い終わる前にバルコニーの扉が豪快に開け放たれ、困り果てた城の者がまた飛び込んできた。

 「ほらな」と、こんなに早く予感が的中してほしくなかったブレイだが、用件を聞かない訳にはいかない。

 ブレイは眉間にしわを寄せつつ、渋々口を開いた。

「………なんだ」

 待ってましたとばかりに侍従は口を開く。

「ご到着された特軍隊長殿をお部屋にお通したのですが、いくつかブレイ様に伝えよとのことでして……」

「……ほう」

 硬い生返事を返すブレイの態度に困った表情を浮かべた侍従は「ええと、まず……」と言いにくそうに言葉を続ける。

「カーペットとカーテンの色が気に食わないから至急取り替えろと。それから今晩は栄養のバランスをよく考えたヘルシーかつ豪華なものを、飲み物は果汁100%の柑橘系しか受け付けないと。それから、すぐに汗を流すから一時間後には応接室にもてなしを用意して待っておけ、とのことです」

「……どうしましょう」と眉を下げた哀れな世話役に、ブレイは苦い笑みを浮かべる。予想外の注文の多さに頭を抱えた。

「どれだけ我が儘なんだ、アイツは……。とにかく、部屋のことは女中にやらせろ。最近の流行りを知っている者がいいな。それから今晩のメニューについてはコックに伝えてくれるか。希望どおりにしてやれ。そして応接間だが……」

 ここでブレイはすぅっと大きく息を溜める。

「魂込めて磨き上げろ。ちり一つでもあればどうなるか分からん。さ、早く行かんと間に合わんぞ」

 ブレイの「なにかを諦めてはいるが絶対の言葉」に頷いた侍従はすぐに扉の向こうへと消えた。


 屋上に一人となったブレイは乾いた笑みを浮かべると、部屋に残る仕事と自身の準備の為に急いでその場を後にした。





 ◇


 応接間はこれまでとは一変、あたたかみのある色合いで統一され、更には至る箇所に花が生けられ、数倍も明るさを増したようであった。

 ブレイの趣味とはおもむきの異なるこの内装はすべて、この応接間で己をもてなせとのたまった軍隊長の為であったが……。


「……なぁぜアイツは現れない!」


 ブレイは呼びつけられた時間より早めにここで待っているのだが、それを差し引いても今回の主役は一向に現れない。半刻以上、かれこれもうすぐ小一時間である。

 ブレイの苛々は彼の許容範囲を超える寸前であった。そう、彼の部屋にはこんもりと片付けるべき書類が待っているのだから。

 しびれを切らしたブレイは「あと一分だけ待つ」と同じく先刻から控え続けている女中に伝えることを決める。

 ほんのかすかに苛々が軽減されたところに応接間の大きな扉が開かれた。


「ハーイ、お久しぶり。元気だった?」


 扉を遠慮なくブチ開き、腰に手を当てふんぞり返っているのは特殊戦闘特化軍とくしゅせんとうとっかぐん軍隊長、


「じゃじゃ〜〜ん! ルミナ・セストナー様のご帰還~!!」


 ルミナ・セストナーであった。


「ルミナ!」

 半年振りに再会した彼女は、トレードマークの牡丹ぼたん色のふわふわと癖のある髪を二つに結い上げている。

 少々釣り目で小生意気な瞳は、幼い頃から変わらない明るく燃えるオレンジ。

 南部での任務に当たっていたためか、少し焼けた肌が健康的で彼女の魅力をまた一段引き立てる。

 少し背が伸びたようだが、あのちょっと高飛車たかびしゃな高く澄んだ声はあの頃のまま。


 ブレイは待たされていたことを一瞬忘れ、ルミナと再会した喜びに心がおどった。

 ほんのちょっぴり頬が熱くなるのを感じながら、ブレイはルミナへと駆け寄ろうとし、少し思いとどまって威厳あるように歩を緩めてゆっくりと近づく。

 ルミナも応接室の内装を見回しながらブレイの元へと近づいた。


「ルミナ、その、向こうでは、ど」

「ちょっと、この応接間のセッティングなんなわけ?」


 ブレイが話しかけているのもお構いなしにルミナは口を挟んだ。


「なんか流行遅れなんじゃない? まったく、私がいないとどうもこの辺がなっちゃいないのよね……。後で城の内装、いや外観も含めて手を加えるから。あと……」

 固まっているブレイにちらりと足元からてっぺんまで視線をやるとルミナはその場も凍るような一言を紡いだ。


「ねぇ、なんでいっつも同じ服着てるわけ?」


 この一言はブレイの沽券に関わる部分へグサリと深く突き刺さった。

 突き刺さったデリケートな部位から今までの苛々がじわ~と広がっていくのを感じた時にはすでにブレイは叫んでいた。


「っの、これが正装だからだ東極部総指揮官とうきょくぶそうしきかんである、この、僕の!! ちゃんと何着か替えもある!失礼なこと言うな! それに言わせて貰うけどな、指定した時間には一時間近くも遅れるわ文句は多いわ……っなんなんだ! 大体、なんだお前のその格好!」


 ずびしっとルミナに向かって指を突きつけたブレイの言う通り、ルミナは慣例かんれいである正服を着てはいなかった。

 なんとも面妖めんような服を着ているのだった。


「あ、これ? ふふ、これはねぇ~マカオ・ウーコイッサの新作でね!可愛いでしょ?」

 歌うようにうっとりとした口調で裾を掴むと、その場でくるりと回ってみせるルミナ。

「これがなかなか城に届かなくって時間に遅れちゃったの!だってお風呂入ったのにあの着てきた服着れるわけないでしょ? 汗だってかいてるし、絶対イヤ」

 最後は断固たる言葉と冷たい目で突き返される。

 周囲から、諦めムードがかなり高まった気配を感じたが、一応上司として部下の行動は律しなければならない。目線はどこかに飛んだまま、ルミナへ言い聞かせるようにブレイは言った。


「まあ気持ちも分からんでもないが。城の中にある服を着ればいい話だろう? 平服を着るのは帰還の報告が終ってからにしてくれ。一応、公的なものなんだ」

 一番気になっている服の丈の短さについては言い出すことが出来なかったブレイではあるが、立派に上としての務めを果たした。……ルミナの納得は得られそうにはないが。

 だってダサいもん、とかなんとか言っているルミナは放っておいて、ブレイは肝心な質問をし忘れていたことに気が付いた。


「ルミナ! 他の軍兵はどうした!? 聞いたところおまえ一人しか帰還の報告はないが……まさか」

 最悪の事態を考え、ブレイは顔を青くした。

 ああ、とルミナは何のことはないと極上の笑みを浮かべ、またもその場を凍りつかせる一言を放った。


「いや、任務は後処理でもう片付きそうだったから全部押しつ……委任して帰ってきちゃった!」


 最後にテヘっと舌でも出しそうな言いぶり。

 応接間のルミナを除く一同がフリーズしたのに気付いたルミナは慌てて「さあ楽しいおもてなしを始めましょ!」と前言が薄れるのを狙って付け足した。


 そういう訳で怒涛どとうの嵐を巻き起こす破天荒我儘姫はてんこうわがままひめ、ルミナ・セストナーは無事に一人、抜け駆けして、ブレイの元へ帰還したのである。




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