ep.1-8 けしからん



「ブレイ様! ご無事ですか!?」

 駆け寄った兵士たちに自身の無事を簡潔に伝え、ブレイは逆に軍の状態を問う。一歩前へ出た兵士長が颯爽とブレイへ状況報告をはじめた。


 敵軍はほぼ投降とうこうし、然るべき処置をとるために城の残りの兵へと状況を伝え、身柄を預かる体勢を整え移送を開始していること。

 怪我人は多々出たが、皆一命は取り留めたこと。

 そして先に飛び出していったソカロに合流しブレイ救出へと向かってやってきた旨を聞き、ブレイは満足げに頷いた。


「で、ソカロ隊長なんですが……」

 兵士長の困惑した表情に、なんとなくその気持ちは分かるぞ、とブレイは先に答えを用意してやった。

「あそこは放っておけ。どうせお前たちが行ったところで、なにもできまい」

 はあ、となんとも言えない返事をして兵士長はブレイの眼の先にある二人の攻防を見やる。そこに噛み付いてきたのはソカロと途中まで行動を共にしていた、あの若い新米兵だった。


「そんな言いかた、ないじゃないか!」

 ブレイと兵士が話していた後ろからこちらに息荒く近付く若い兵を、他の兵士たちが慌てて抑えようとするが彼はそれを跳ねけ、ブレイと向き合った。

「なにがだ」

 ブレイが新兵に向かい口を開くと、その言葉と冷めた目線に若い兵士は更に顔を赤くし、怒りをまくしたてた。

「ちょ…っ!なんだって、あんたなぁ~っっ! 俺たちは強襲されたアンタとソカロさんを心配して…!なのに、なんだ。なにも出来ないだと?」

 赤ら顔で新米兵は続ける。

「ソカロさんは一人であんなのを相手に戦ってるんだぞ!しかも押されているじゃないか! そんな状況でアンタ、心配じゃないのかよ、この冷血に…っ!?」

 兵の口から出そうになった中傷ちゅうしょうを止めたのは、ブレイの横に立っていた兵士長のごっつい拳骨げんこつだった。

 ごっと響いた鈍い音にブレイも流石におったまげる。ついでに上りかけた熱い頭も急速に冷えていく。それ程に強烈な一撃だったのだ。


「てめぇ……言わせておけばこの馬鹿モンが!てめぇなんぞ、除隊だ!」

 地に轟く様な兵士長の声と、脳天への衝撃からまだ回復に至れず、上手く機能しきれない頭を抱え、若い兵はよく分からないままうろたえた。

 一喝いっかつした兵士長は咳払いをすると、ブレイの前にきっちりと直立し、勢いよく、深く頭を下げる。

「申し訳ございません! まったく教育がなっておらず、とんだ無礼をっ。このことに関して、いかなる処罰をも承る次第でございます。どうか、お気を静めては頂けないでしょうか…!」

 その気配に押され気味だったブレイは、我に返ると曖昧に口を開いた。

「あ、ああ…、いい。大丈夫だ」

 その言葉に兵士長は更に頭を深く下げる。そして漸く頭を上げたかと思うと、いまだポカンとしている若い兵士を蹴り上げ、しゃんと立ち上がらせると、頭を掴み深くお辞儀させる

「除隊する前にお前もちゃんと非礼を詫びろ!」

 ぐぬぬっと力を込めて頭を下げさせられながらも、若い兵士はごにょごにょと呟く。

「だって…兵士長ぉ~」

「だってもクソもあるか!」

 またしても一喝された若い兵は諦めたのか、がっくりと頭をたれた。

「……申し訳ありませんでした」

 納得している感がない、薄っぺらい謝罪の言葉であったがブレイはそれを受け入れてやることにした。


「確かに、言い方は悪かったかもしれないが。ただ、僕は本当のことを言ったまでだ。大体、あいつの何処が押されている? よく見てみろ。奴は楽しんでいるだけだ」

 ブレイは気怠げにソカロへと目線を向けて、ため息をつく。


「まったく……けしからんヤツめ」

 ブレイはそう言ってもう一つため息をついた。

 その言葉に若い兵もソカロの方へと目を向ける。まじまじと戦いに身を投じるソカロを見つめる。そこには先ほどから勢いの衰えていない攻防があったが、じいっとその様子を見つめ……気づけば「あっ」と口から声が漏れる。


「笑ってる……」

 背中にぞっとするものを感じながら若い兵は小さく呟いた。


 兵の言う通り、ソカロの表情は笑っていた。

 ただ、その笑顔はいつもの人好きのする太陽のようなからっとした笑顔ではなく、眼は爛々らんらんと光り、見開かれたその瞳の中には狂気が映っているかの様。

 口元はこらえ切れないといった様子に笑いの形を貼り付けていた。


 一体、あれは誰なのだろうか。

 自分の知るソカロとはかけ離れた様子に言葉をつむげない兵を一瞥いちべつしてブレイは声を張り上げた。


「ソカロ! いい加減にしないかーーっ!」


 つい先ほどまでは防ぐ側だったソカロが、今や扱いが難しい大きさの大剣でネーヴに猛攻を加えていたが、ブレイのひと声で手を緩める。

 その隙にネーヴは大剣が届かない位置へとすかさず間合いを取った。

 ソカロはふぅと一息つき、口の横に片手を添えるとブレイに向かって大声で応える。


「ごめーん! つい夢中になっちゃって~!」

 俺も帰るから置いてかないでぇと付け加えるとソカロはネーヴへと向き直る。

「続きは帰ってからやろーか。ええっと、こういう時はなんて言うんだっけ……。え~と、も……? お…?おな、あーっ!“お縄に付け”だ!」


 自力で閃くことができたことにパァッと表情を明るくしたソカロだったが、目の前の男の姿が忽然と消えていることに気付く。

「って、あり……?」

「この阿呆! 奴なら逃げたぞ!」

 ブレイに叫ばれた通り、ソカロが悩んでいる間にネーヴはあっという間に森の中へと姿を消していた。恐るべき俊足。

 その後を追おうと動いた兵を止め、ブレイは頭を横に振る。

 そして深く息を吸い込み、皆へと号令を発す。


「総員、帰還せよ」


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