ep.1-7 ソカロVSネーヴ





 状況は一転、またしてもブレイたちはピンチへとおちいってしまった。


 ブレイの背後、礼拝堂の入り口では、こちらに背を向けている為に表情の見えないカントと血走った目をしたダーインが睨み合いながらの鍔迫つばぜり合い。

正面では、ソカロが真っ直ぐに突っ込んできた灰茶の三つ編みを踊らせる暗殺者、ネーヴの一撃を幅の広い大剣で辛うじて受け流したところだ。

ブレイは為す術もなくそれを立ち尽くし見ていることしかできない。


「…っつ! なァにやってる!早くどっか安全な所に離れてろっ!」

 カントがダーインから目を離さず、うなるようにしてかけられた言葉にブレイは弾かれたようにして目の前の広場へと駆け出す。

「いかん! ネーヴ、ガキを逃がすなっ!」

 ガギィン!という剣を弾く音と共にカントが吹っ飛び、ダーインが叫んだ。

 その声を聞いた男――ネーヴはソカロへ素早い猛攻をかける。それを防ぐソカロの一瞬無防備になった腹に向かい容赦ようしゃない蹴り叩き込んで間合いをとると、すぐさまブレイの駆ける方向へときびすを返す。体勢を立て直したソカロも遅れてその後を追う。

 しかしネーヴの駆ける速さはソカロを上回る。加えて若干のリーチがあるネーヴとの距離は徐々に離れようとしていた。

 先を走るブレイは追っ手の迫る気配を察し、更に早くと力を込めるがそう長くも持ちそうにない。

 息を上げながらブレイは精一杯の声を振り絞った。


「ソ、カ、ローーーーーっ!!」

 なんとかしろ、という台詞を発するのは無理だったがその意図は十分にみ取れるだろう。

 ブレイ渾身こんしんの助力をう声にソカロは持てる気力の全てを「走る」という行為に向けた。

 そして、全ての力をって地面を蹴り、ネーヴの走る背に向かい勢いよく跳ぶ。


 その瞬間はすべての時がゆっくりと流れているようであった。

 追撃をかけようと近寄ったダーインも、それから逃れようと後ずさりしていたカントも。追っ手と、それを止めようと追いすがる部下を振り返ったブレイも。みな動きを止め、それはまるで時を停止させたようだった。

 スローモーションの時の中、標的を追う冷酷な足がブレイへと向かい前へ出る。

 その背後、手をいっぱいに伸ばし宙に浮く忠臣。だがソカロの長身と跳躍ちょうやくを以ってしても彼の背には届かない。

 それをちらりと横目で確認したネーヴは薄っすらと口角を引き上げ、再びブレイへと視線を定めた。

 ――届かないか……!

 ソカロの眼には離れ行く敵の背中が映っていたが、不意に視界に何か、ふわりとしたものが映る。この際なんでもいい。ソカロは無我夢中でそれを捕まえた。

 捕まえたものから手応えを感じた瞬間、「い゛っ…ッつ!」という短い絶叫をソカロは耳にした。






 その光景をブレイは唖然あぜんとして眺めていた。

 ソカロがネーヴに向かい絶望的なダイブをかました時は、誰もが無謀な行動だと思った。だが。


「い゛っ……ッつ!」

 ソカロはネーヴ自身には届かなかったが、彼の長くたなびく三つ編みを捉えたのだった。


 がしりと捕まれた三つ編みのせいでガクンと後ろへと引っ張られ、勢いづいていたネーヴの体は痛みを伴ってブレーキを余儀よぎなくされた。それだけに止まらず、倒れこむソカロに伴って後ろ様に引き倒される。

その光景に絶句、という言葉が相応しい空気が一瞬にして周囲を包み込んだ。もちろんブレイも。


 しばしか刹那せつなか、いち早く立ち直ったのは意外にもカントだった。

間の抜けた顔をこれでもかと晒している元雇い主に、下からの剣戟けんげきを加えてその手から剣を遠くへ跳ね飛ばすと、続け様にダーインの肩口から腰に向かい斜めに剣を振り下ろす。

 その一撃にダーインは顔を苦痛にしかめ、わめき散らす。

「金の恨みは怖ぇんだぜ……?」

 ペッと唾を吐いてカントはニンマリと笑う。ダーインとカントの勝敗には決着が付いたようだ。



 一方、ソカロとネーヴは互いに距離をとり立ち上がったところだった。

 なんとも気まずい様子でソカロが剣を構えると、ネーヴは乱れた三つ編みを解いた。

「あ、あの……悪気があったわけじゃなくって……」

 黙り込み――元々無口な男ではあるが、静かに髪を撫でるネーヴにソカロは恐る恐る、謝罪を述べようと口を開く。

「ええと、ごめん、わざとじゃな……」

「故意に狙ったものだとすれば」

 それを突然、ネーヴが遮り、そして続ける。

「地獄を見るでは済まさぬ」


 その背後に禍々しいものが見えた気がして、ソカロはヒッと息を呑む。

 ネーヴはゆっくりと胸の前に水平となるように、独特の構えを取るとおもむろに一息吸った。

「覚悟はよいかッ!参る!」


 覚悟なんか出来ていない、という言葉を発する暇もなく、ネーヴが突っ込んできてソカロは慌てて大剣で受け止める。


「わっ、わ、わ! ちょっと、俺が悪かったから!」

「問答など無用!」


 聞く耳持たずとはまさにこのことを言うのであろう。突進からの一撃を受け止めたソカロに息つく暇なく二撃三撃と流れるような太刀が浴びせられる。防戦の一手のソカロに怒涛どとうの攻撃は止むことはない。

素早い刃の動きと難解な太刀筋の流れを繰り出すネーヴは間違いなく強者であるが、それを防ぎきっているソカロもまた大したものだった。

 攻めても攻めきれない状況にネーヴが焦れてきているのは明らかで、更に繰り出される攻撃にスピードが上乗せされていく。


 あまりの激しい攻防に周りが手を貸そうにも手出しできない状況である。

カントとブレイはその様子を、前者は驚きの眼差しで、後者は面倒くさそうに見つめていたが、遠くからの声にブレイは視線を向けた。

 声の元は後方よりこちらへ向かってくる我が兵達。それを見てブレイはほっと一息吐き出した。

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