ep.1-6 思わぬ協力者




 ところどころ朽ちてぼろぼろの教会。とはいえ、石造りで頑丈なうえにほぼ完成に近い状態だったようで、屋根が抜けている箇所以外は割と内部もしっかりしている。

 ブレイは押し込められた懺悔室ざんげしつ窮屈きゅうくつそうに身をよじった。

 ひと一人の存在を許されたこの空間に今、ぎゅうぎゅうと男二人が詰め込まれている。

 それを考えてむさ苦しさに耐え切れずまた身を捩ると「痛てぇ」ともう一方の男がうめいた。


「あの、もうちょっと優しく……」

「こういう状況で気持ち悪い声を出すな! この馬鹿者めが!」

 耳に掛かる男の息に全身鳥肌を立たせながらブレイが叱責しっせきする。

「まあまあ、あんまし大きい声出すと見つかりますぜ」

 男の言う通りだった。

 ち、と舌打ち一つでブレイは男への罵詈雑言ばりぞうごんを収めてあげることにした。この年の男の子はこういうのに過敏に反応しすぎなんだよな~、といい年であろう男は苦笑いをする。

 今度は十分に声を落したブレイが呟く。


「内部の混乱に乗じて軟禁場所から脱出できたのは幸いだったが、ここからどう動くか……」


 迅速に教会からの脱出を敢行かんこうすべきとは理解しているが、如何いかんせん予定外のことが起きた。

 そう、一緒にすし詰め状態のこの男である。

 ちら、と中年も落ち目な中肉中背の男をブレイは半眼で見やると見られた男はすっと眼をらした。

 この男――、カントとか言ったか。コイツに遭いさえしなければスムーズな脱出も可能だったかもしれないのだ。



 あの三つ編みの手練てだれに捕まって、気付いたときには抵抗する間もなく、小汚い小部屋にブレイは投げ入れられた。

 隠し持っていた短刀も作戦書も地図も取り上げられて、ブレイは壁に背を預け座り込みこれからのことに考えを巡らせる。

 部屋には武器になりそうなものはなく、窓には格子がはまっていて脱出は難しそうだった。扉の立て付けが悪い所為か、造りがずさんなのか、扉の隙間から廊下に見張りの足が見える。

 通り抜けるのは難しいが腕くらいなら差し入れられそうである。内鍵から察するに、鍵の形状は簡単なかんぬき作りか。

 脱出するとすればここしかないだろう、しかしそれをどうやるかが問題だった。


 それから数十分も経たぬ内に、教会の外から男達の絶叫が聞こえたのだった。その声に見張りの男の足が動き、どこかへと走り去っていく。

 おおかた、あの絶叫の原因を確認しに行ったのだろう。余程ここでの見張りが退屈だったと見える。

 実際この見張り、最初はブレイに対し、挑発してみたり暴言を吐いてみたりと忙しかったのだが全く反応が返ってこず、思ったような楽しみを得ることができずに飽き飽きしていたところだった。


「…好機」

 ブレイはにやりと口角を上げると、扉へと近付いた。

「短刀は取り上げられたが、さすがにこれは見逃したか」

 そう言うと官服のウエストに巻かれた黒いベルトを外し始めた。そのままそのベルトをぴしゃりと壁に打ち付ける。すると柔らかだったはずのベルトは壁に張り付くように形を変え、その形状を保ったまま固定された。

 その様子を確かめ、今度は扉の下からベルトを差込み、ドアの閂がある辺りへと位置を微調整する。

「ふふ、しかしこれを使うときが実際に来るとはな……。あいつの発明もたまには使えるということか。今度会ったら礼でも言っておかないと……っと!」


 そのままベルトを扉に打ち付けるようにしならせると、ピン、と一直線に扉の平面を借りて形を形成し、そのまま形状を固定する。

 形状記憶がどうのこうの言っていたが、一体どんな仕掛けなのだろうか。そうっと扉から浮かし、そのまま閂の下されているであろう箇所に目星をつけて下から閂を押し上げる。

 すると程なく、カタンと留め具の外れる音。

 扉を軽く押すと、きいっと軋む音が鳴り開いたドアの隙間がこの先へ進めることを示してくれた。

 誰がいる訳ではないが、得意げな顔を作りブレイは音を立てないように廊下へとするりと躍り出た。




◇ 


 ブレイが廊下に出ると、右手に礼拝堂れいはいどうが見える。

 礼拝堂を抜ければすぐに外へ通じる扉へと出られるはずだが、念のため、少しずつ壁沿いに近付いて様子を確認してみる。

 礼拝堂の入り口には四人の男がガヤガヤと集って外の様子を見ていたために、このルートを行くことは断念するしかなかった。

 左手には角を曲がって、おそらくは礼拝堂の聖像が安置された中央の、その裏側へと続くであろう廊下が続いていた。

 そちらに行けば他の出入り口を発見することもできるかもしれない。

 そう判断を下したブレイは迅速に、且つ周囲に気を配りながら、左へと廊下を進んでいった。


 案の定、聖像の後ろ側へと出たブレイは身をかがめながら、入り口近くの男たちに気付かれないようにそろそろと進む。

 その時、ブレイの前方の今来た廊下とは反対側の方から一人の男が音もなく現れた。

 急な人影の出現にブレイは息を止めた。対する男の方も、まさか人質がこんなところにいるとは思わなかったようで驚きに体が跳ねる。

 一瞬の沈黙。

 先に動いたのは男だった。聖像の真後ろにいるブレイの元へと近づき手を伸ばしてまさに口を開いたその時だった。


「おいネーヴ! ネーヴはおらんか! 俺はあの小僧を連れてここを出る!お前達はここでネーヴと一緒にあいつを止めておけっ!」


 目線で声のする方へ振り返ると、この反乱軍の首領である赤っ鼻のダーインが二階の礼拝席から入り口の男達に命を下していた。

 ダーインのいる場所からブレイのいる階下は丸見えだ。ちょっとでも視線を動かせば気付かれてしまうだろう。絶体絶命のピンチに、ブレイの思考が一瞬停止する。

 その一瞬の隙に、目前にまで迫っていた男に口を押さえられ、ブレイは聖像の裏に作られた懺悔室ざんげしつへと二人してなだれ込んだのだった。


 懺悔室の扉が閉まり終わった瞬間、ダーインは違和感を感じ階下へと目を向けたが、そこにはなんの影も見当たらなかった。





 ――そして現在に至る訳だが。そもそも。

「何故お前は僕をこんなとこに押し込んだんだ? 知らぬ訳もなかろうが僕はお前らの敵方の総指揮官だぞ。ひっ捕まえてあの赤っ鼻で髭面の、汚らしい反乱者に差し出さなくて良かったのか?」

 という、誰もが思うであろう疑問をブレイはようやく口にする。

 いくらブレイとはいえ、この脱出には神経を使ったのだろう。ちょっと頭の回転が鈍っているようだ。

 問われたカントは、ちょっと考えるように口元の無精髭を撫で――肘がブレイの側頭にぶつかったが、そこには特に言及せずに答える。


「いや、本当はそうすべきなんだろうが……。本音を言うとあいつが気に食わなくてな。あいつ、俺に支払う金用意してなかったんだぜ?」

 やってられるか、と吐き捨て忌々いまいましい顔をしたカントにブレイは気が抜けた。

 どうやら敵中は信頼関係もクソもないらしい。


「ところでここで相談だがな、俺を雇う気はないか?」


 カントはブレイの顔を見ながら楽しそうに話を持ちかけた。ブレイはその、場違いに楽しそうな顔を横目で見ながら、それ以外の選択肢はないだろうかと一瞬頭を働かせるが、考えるだけ無駄かとうなずいた。

「お、なんだ。物分りが良いな。流石はブレイトリア様だ」

 ブレイの返答にカントは声に嬉しさを滲まる。

「ここでそれ以外の選択が出来るか。なんとか僕をここから外に連れ出せ。……っ報酬の話は後だっ!」

 カントのもの言いたげな顔を見て、窮屈きゅうくつな状況ながらも先ほどの報復も兼ねてカントの腹に肘鉄を食らわせたブレイは「さっさと行け!」と更に足を踏んだ。





「おお~~い!大変だぁ~! 人質にしていた生意気そうな小童こわっぱが小屋から抜け出したぞ~!」


 聖像の横からひょっこりと現れたカントの発したこの声に、礼拝堂の入り口に詰め寄せていた野次馬たちは外の光景を眺めるのをやめ、ブレイの軟禁されていた部屋の方へと慌てて駆け寄って行く。

「なに!?さっきの隙にか! おい、お前、どっちに行ったか分かるか!?」

 男たちに押されてよろめきながらもカントは指を指した。

「ああ、廊下の先の裏口を叩っ壊して出て行ったぜ! まるで猪のようだった!」

 その答えに男たちは皆が揃って全員、聖像の裏を駆け、我先にと裏口から教会の外へ出て猪のように駆けたという捕虜の姿を探しに消えた。


 それを懺悔室からうかがいつつ、やり過ごしたブレイは扉を開け、すぐ後ろの聖像に足を掛けて柵を越えると礼拝堂へと着地した。

 振り返って眺めた聖像は逆さ翼を持つ女性を模っており、柔和な口元が穏やかな表情を表していたが、全体に走るヒビがどことなく不気味さを感じさせる。

 逆さ翼なんて珍しいな、と誰に拝まれることもなくなってしまったであろう聖像にプレイはしばし目を止めていた。


「聖なるレディーを足蹴にするなんて、罰当たりな君主さまだこって」

 揶揄やゆするカントの声に、キッとそちらをにらんでブレイは声を低くする。

「貴様、数々の暴言忘れはしないぞ。しかもよくあんな棒読みでだませたな……。このことはきっちり報酬にも反映させてやる」

 ここに長居は無用と、ブレイは教会の開け放された扉へと走った。その後ろをカントが付いて来る。 

 勢いよく扉の外に出てブレイが目にしたものは見慣れた金髪の大男だった。


「ソカロ!」

 最後の一人を剣で払い、自分を呼ぶ声に満面の笑みを浮かべて「おう!」と応えたのはブレイ第一の側近であり、信頼する右腕だった。馬鹿でかい大剣を片手に嬉々とブレイの元へと走ってくる。

 ブレイもほっとしてソカロを迎えようと力を抜いた。その時だった。


 ギィインと金属同士がぶつかり合う音が耳元で鳴り、ブレイはハッとして後ろを振り返る。

 背後ではカントと必死の表情を浮かべるダーインが剣を交え、睨み合っていた。

 お互い力を込めて相手の剣を押し戻そうとしているが、体格的にカントの方が不利である。ブレイがなにか加勢できはしないかと一歩踏み出せば、その間を一迅の冷たい風が吹き抜けた。

 その先にはあの灰茶の三つ編みが踊っている。


「貴殿の相手、務めさせて戴く」


 言うが早いか、ネーヴは既にさやを払った半月刀を手に、ソカロへと斬りかかった。


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