ep.1-5 ソカロの反撃




 ソカロたち一団は森の中を進み、敵兵を一掃いっそうしていく過程で、森の中心辺りに建設途中で放置された教会があり、そこを反乱軍が拠点きょてんとしているらしいことを知った。

 現在、ブレイ軍は三手に別れ、そこを目指し行動していた。


「思っていたよりも敵の数が多いですね。あまり気にはならない程度の力ですが」

 隣を駆ける若い兵がソカロに話しかける。

「そーみたい。直前に仲間を増やしたのかもね。この調子だとちょっと時間がのびそうだな~。早いトコ帰ってのんびりしたいんだけど」

「はは、ソカロさんは相変わらずだなぁ」

 戦場でも呑気のんきなソカロに若い兵士は笑いをこぼした。きっといま彼の頭の中には今夜のご馳走ちそうについての煩悩でいっぱいになっているのだろう。隣を走るソカロの表情は夢見心地だ。


 この若い新米兵は最近登用されたばかりで、ソカロと実戦に出るのは今回が初めてだった。多少は腕に覚えのある流れ者であり、セレノへ立ち寄り日銭を稼ごうと職を探している最中にソカロに出会ったのがいまに至るきっかけだ。

 その時のことは忘れられない光景として男の記憶に刻まれている。


 セレノの街を歩いている時だった。たまたま目にした喧嘩騒動けんかそうどう

 酔った男が暴れ、喧嘩相手に酒瓶を投げつけたのだが、酔った手元のせいか、それが自分のすぐ近くにいた小さな子どもに向かい飛んできたのだ。

 あ、と思った時には遅く、意識に反して足は根が生えたように動いてはくれず。気持ちだけがいた中、自分の頭上に影が差した。

 上に目を向けると太陽を背にした男が、まるで翼でも生えているのかと思うような跳躍ちょうやくを見せ、子供と酒瓶の間に割り込むと、子供を胸へと抱え込み、それと同時に後ろ手ながらに片方の手が酒瓶を地面へと叩き落としたのだった。

 その長身の男は浮かべていた険しい表情を消すと、人好きのする笑みをぱっと浮かべて「ダイジョブだった?」と明るい調子で子どもの頭をよしよしと撫でたのだった。


 そんな場面に出くわしたこの新米兵は、以降ソカロに惚れ込み、主君であるブレイの許可を貰って国軍の一般兵としてセレノに落ち着いたのであった。

 ソカロのあるじ、引いては自分の仕える主であるブレイについて、ソカロとは違いって彼には冷たい傲慢ごうまんで生意気な子供としか思えなかったが、尊敬するソカロの下にけるということが嬉しかった。


 敵はあらかた片付いたようで、教会に近付いているというのに現れる者はいなかった。

 こうなったら一気に首領しゅりょうを叩いてしまおうかとソカロが足を速めた時、木立の隙間に負傷した斥候せっこうがこちらに向かって来るのが視界に入る。

 ソカロは足を止め、向きを変えると、自ら斥候せっこうの方へと駈け寄る。


「どうしたのそのケガ! ブレイのとこに行たひとだよね!?」

 斥候せっこうの背に刺さった矢を掴み、一呼吸置いて一気に引き抜きながらソカロが問うと、斥候せっこうは小さく呻き、息切れしながらもソカロにブレイの状況を伝えた。


「っは、ブレイ様…の元、に敵襲てきしゅうっ…あり、ブレイ様は、移動されましたが――」

あの者の強さでは……と斥候の声が暗く沈む。

「先刻、掴んだ情報によりますと、ブレイ様が、ぅ、敵手中に落ちたと……! 味方軍には動揺をさせるなと――!」

 斥候せっこうの男はソカロの襟元えりもとを掴んで自分の口元へ引き寄せ、苦悶くもんの表情を浮かべる。


「私の勝手な言い分ですが……っ、どうか、ブレイ様を……」


 ソカロは色のない斥候せっこうの唇から目を離すと、心配そうに様子を伺っていた新米兵に救護きゅうごを依頼し、先へと歩きだす。

 それに慌てた新兵はソカロの背に叫ぶ。


「ソカロさん、どこに行くんですか!まだ後続の兵が追いついていないんですよ!? ここで作戦通り兵が揃うまでここで待ちましょう!」

 こちらを振り向かない、背を向けたままのソカロに新兵は手のひらの汗ごと拳を握り込む。

「ブレイ様の伝言にもあったじゃないですか、他の兵に動揺を与えるなって。今ここでソカロさんが別行動したらみんな不審に思います!」

 不安な表情でソカロの大きな背を見つめていた新兵だが、その背が振り返り、海色の目が己とかち合う。ホッとするような、不安が増すような気持ちの新兵に、ソカロはぽつりと言い放つ。


「ブレイがいなきゃ、俺がここにいる意味、なくなっちゃうから」


 その言葉に、その表情に兵士は言葉を発することはできなかった。

 それはいつぞやか見た以上に、真剣なソカロの表情だった。





 ソカロはそれから脇目わきめも振らず一直線に教会へと走った。

 視界が開けたと思ったらそこは恐らく森の中心であろう、切り開かれた瓦礫がれきの残る広場だった。奥には教会の廃墟はいきょも見える。

「ブレイ、無事かな…」

「くっくっく、さあな」

 悲痛な面持ちで漏れた独り言に反応があり、続いて下卑げひた笑い声がそこら中から聞こえてくる。

 ソカロは眉をしかめ、背中に背負った大剣を鞘から引き抜いた。


「ブレイを捕まえてどうする! ことによっちゃ手加減はないからな!」


 その言葉に爆笑が巻き起こった。

 笑い声の中、数人の男たちが瓦礫がれきの影や草葉の陰からぽつぽつと姿を現していく。ソカロに一番近い男が目尻に溜まった涙を拭いながら言った。

「いやいや、まったく面白い奴だよアンタ! この人数にたった一人で勝つつもりか?それも手加減して?」

傑作けっさくだ! ここを突破できるもんかよ。あの小生意気な餓鬼がきなら今ごろ死んでんじゃねえか?」

「おお怖い!そんなおっかない顔で見るなよ。ちびっちまいそうだぜ!」

 ぎゃはははは、と再び笑いが巻き起こるも、突如とつじょそれは収まった。

 男の、聞くも醜い苦痛の叫び声が上がったからだ。


「ああ!痛い! 痛いぃぃいぃ!!」


 転げまわる男にはある筈の右腕がなかった。


「っドング!!」

 ドングと呼ばれた今や隻腕せきわんの男の横にはうつむいたソカロが静かに立っていた。

 手にした大剣を静かに払い血糊を落すと、数を数え始めた。

「…五、六……」

 俯いた彼の表情は窺い知れないが微かに口元が孤を描いているように見えた。ソカロが視線を地から眼前の敵へと移す。


「……ぜんぶで七人、よぉっしいい運動になるなぁ! ブレイをバカにする奴にはちょっと手荒くいっちゃうぞ!」


 今までの静かな態度とは一変、ソカロは腹に響くような大声をとどろかせ、大地を蹴ってまずは一人目へと斬りかかっていく。



 それからは一方的な戦闘だった。

 一足で一人目の懐に飛び込んだソカロはその大剣で腹を打ち、そのままぎ払う。

 向かってくる二人の男の上を飛び越え様、体をひねり頭上に蹴りをかまし、体勢が傾いたまま着地するや否や、残るもう一人の背に太刀を浴びせる。脳天に蹴りを食らった男は起き上がらない。

 その光景に残る三人は唖然あぜんとし、そして半ば自失していた。


 着地の際に服についた土をぽんぽんと払い、ソカロはゆっくり振り向いた。


 男たちの悲鳴とも雄叫びともつかぬ絶叫が森に響く。

 恐怖と混乱の支配する悪夢のような数分間のはじまり、はじまり。





 その阿鼻叫喚あびきょうかんという言葉が相応しい光景に、反乱軍の首謀者であるダーインは赤ッ鼻を残して髭面を青くしていた。

 教会の二階から見える戦況はすこぶる不味い。

 目の前の手下たちは次々に地にしていく。彼らは見た目に即して野蛮で、そこそこ腕も立つからこの教会付近に残していたというのに、まだ立っているのは一人、二人。それもたった一人の男相手に!

 このままでは時間稼ぎにもならないだろうことは明白だった。

 奴と対等に戦えるものをここに残し、俺はあの国王の息子を人質に体勢を立て直そう――。そう考えたダーインは一階へと急いだ。

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