ep.1-4 討伐戦開始




 一方、セレノから南へ馬を飛ばして二時間ほどの森では、反乱軍は慌ただしく迎撃の準備を進めていた。ブレイひきいる国軍がこちらに向かい進軍しているとの情報を受けたからだ。

 そしてその情報はすでに末端の兵たちにも届いている。


「おい、国軍が動いたようだぞ、思ってたより早いな。どうすんだ、カント」

 見るからに粗野そやな男がカント、と呼んだ中肉中背の中年の男に目線を送る。カントは首筋を撫でながらうーんと唸った。

「どうするもなあ。俺は雇われの身だから上の考えには意見できねぇよ。まあ、このまま迎え撃つんじゃないのぉ? なんか昨日嬉しそうに秘策があるとか言ってたようだったしよ」

 カントはよくは知らんが、と肩をすくめてみせた。

「ああ、なんかえらいご機嫌だったな。なんでも、どえらく腕の立つモンを雇ったらしいぜ」

 その言葉にほう、とカントは眉を上げてみた。国軍の方にも領主様に仕える腕の立つ奴がいると聞いたことを思い出し、どちらがより腕利きかと興味が沸きかけたカントだが、まあそれもどうでもいいことだった。

 生きてく為には金が必要だ。俺には金がいる。どっちが勝とうがどうでもいいのだ。金を貰って、命さえ落さないようにすれば。

 そんなことを考えていると、召集を告げる乱暴な怒声がカントたちの耳へ届く。

「ま、俺たちは雇われ傭兵ようへいだ、さっさとおっぱじめっかな!」

 二人はあまり状態が良いとはいえない片手剣を腰に提げると、粗末なテントを後にした。






 それから一時間後、それぞれ両軍は攻撃の準備を整え、自陣にいた。

 時折吹く強風が、木々の葉を揺らしては森をざわめかせる。ブレイ達国軍は森の手前で布陣ふじんし、突入の号令をいまかと待っている。

 ブレイは兵士たちの前に立つと、最後の確認事項をよく通る声で伝えた。


「諸君の数は総勢二十。敵の数は多くても三十程度。数ではおとるが諸君には我が軍に相応ふさわしい力と誇りを持っている。諸君が万に一つも負けることはありえない。それは今までの修練しゅうれんと生の積み重ねが証明するだろう。そして指揮官はこの私だ! 諸君を一人も欠くことなく城へ帰すことを誓おう!」

「そして夜はごっちそうだー!」


 ソカロの付け加えた一言に兵士たちの意気も上がる。ブレイの鼓舞こぶによって士気が高められたと信じたいところだが、「肉ー!」だの「酒ー!」だの叫ぶ調子のいい兵士たちを見回し、ブレイは息を深く吸った。


「行け! 反乱分子を森からいぶり出せ!!」


 その言葉を切欠きっかけに、兵士たちは雄たけびを上げながら森の中へと進軍を開始した。






「戦況はこちらが優勢です。やはり相手は寄せ集め、付け焼刃の集団。陣形や連携は形になっておりません」

「そうか、しかし油断はするなよ」

 は、と深く頭を下げて斥候せっこうはブレイの前から下がった。

 戦闘を開始して数分。ブレイは森を見つめ、敵軍が次にるであろう策について頭を働かせていた。

 しかしこの勢いなら首謀者を引きり出すのも時間の問題かもしれなかった。予想よりも随分とお粗末な相手だったらしい。

 守備に割いている兵をすでに投降した敵兵の管理に向かわせるのもいいかと思った矢先、先ほどの斥候せっこうが血相を変えて飛び込んできた。


「なにごとだ?」

 斥候せっこうは形式である礼も忘れブレイに詰め寄ると、そのまま肩を強くつかんで早口にまくしたてる。


「ブレイ様、早急にこの場をお離れ下さい!今までの情報にはない敵兵が自陣に接近しています! 守備兵があたっておりますが時間稼ぎにしかならぬでしょう。さあ、お急ぎください!」


 斥候せっこうの言葉を聞きながら、ブレイは頭をフルに回転させた。守備兵でも抑えられない手練てだれが敵にいたとは。

「分かった、すぐに退避たいひしよう。守備兵が無茶をしなければいいが……。お前もすぐに行け。他兵に動揺どうようを与えないように、ソカロにこのことを伝えてくれ」

 斥候せっこうは短くうなずくと、すぐに陣を抜け森の中へと急ぐ。

 それを見送りつつ、ブレイはどこへ身を移すか考え、必要最低限の装備を手に、陣の中心であった本部から護衛兵を供にソカロの元へ森の中へと駆けだす。

 しかし森に入る手前で、行く手を一人の男に阻まれる。


「どこに行くおつもりで? 指揮官殿」

 目が合うなり、冷たい声色で尋ねられる。

 いや、尋ねると言うよりは、何処にもいけないことを突きつけるような響きのある声だ。

 ブレイ様、とともの護衛兵がブレイに下がるよう手をかざす。対峙たいじする男はソカロと同じくらいの外見をした男だった。

 濃い灰茶の髪は後ろでゆるく編みこまれ、紫色の瞳はブレイと目を合わせてから一寸たりともずれはしない。武術に優れるわけではないブレイにも、この男が他の敵集団とは一線をかくしているのが感じ取れた。

「……私は貴殿にどこへ行くおつもりかお尋ね致しているのですが。ご返答いただけないようだ」

 もう一度男はブレイへと問い掛けながら、腰のさやから剣を抜いた。刀身の美しい半月刀だった。一気に場の空気が張り詰めたものへと変わる。

 供の兵も槍を構え直し、相手の出方をうかがっている。背中に汗が伝うのを感じながらブレイは凛と聞こえるよう腹に力を込め、言葉を返した。

「貴様に返答する義務はない。そこを退け」

 ブレイの返答に男は薄く笑うと、半月刀を自分の体に対して平行に構えて体勢を低くする。

「何処へ行こうと思えど、貴殿は私が捕縛ほばくさせていただく」

 言葉をこぼすとともに男は踏み込み、護衛兵へと一気に距離を詰めた。


 その間の短さは驚嘆きょうたんに値した。

 護衛兵の突き出した槍先を左へ体を流す事によってかわし、長い柄の部分を左の掌で軽く押す。同時に体勢の崩れた護衛兵の脇腹に、右に構えた太刀をぐ。剣先が護衛兵から離れると同時に護衛兵の脇腹から血が舞った。

傷口を押さえうずくまる護衛兵と、それを目の前で首を傾ぐようにして見ている男を、ブレイは呆然ぼうぜんと見ることしかできなかった。

 しばらく護衛兵の様子を観察していた男は、自分の邪魔をすることもないだろうと推察すいさつし、ブレイへと向き直った。

 ブレイはパニックになりそうな体を持てる限りの理性でなだめ、男の冷たい眼を見続けた。


「抵抗は無意味だ。貴殿の身を預からせていただく」


 伸ばされた男の手が眼前の視界をさえぎり、完全な暗闇しか映さなくなったところで鈍い衝撃に襲われ、ブレイはそのまま意識を手放した。



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