ep.1-3 作戦会議




「では、今回の策を伝達する」


 あれから一日を経たずして『今回の反乱分子+その他ワルいヤツら討伐とうばつ作戦』(ソカロ命名)を作り上げたブレイは、会議室に為政を取りまとめる重臣じゅうしんや、主に戦闘を担当する軍幹部を中心に集め、作戦の伝達をしている真っ最中である。


 扉近くに背をもたれたソカロは、長く伸ばしたドーナツのような机に並ぶそれぞれの顔を眺めた。

 自分はあまり聡い方ではない。それでも為政を司る重臣じゅうしんたちから放たれるブレイを見る視線が、あまり良いものではないことにソカロは気づいていた。

 ――やな感じ。

 ソカロは滅多に崩れない笑顔をくもらせる。

 ブレイは優秀だ。それは一番近くでブレイを見ているソカロには十分すぎるほど分かってるつもりだが、重臣じゅうしんたちはそれを認めない。親しくしてくれる衛兵は「ねたんでるのさ」とか言っていたっけか。


「……ということを踏まえ、今回は少数で敵に当たり、早急にその場を鎮静ちんせいすることを第一とする。必要以上に敵を傷つけることはしなくてもいい。降伏こうふくを申し出る者には無用な攻撃を加えることを禁ずる……なんだ、なにか意見があるのかケインリヒ」

 ブレイの策を聞きながら隣の高官となにやらひそひそと会話を交わしていた初老しょろうの太った男は、一つせき払いをして緩慢かんまんな様子で立ち上がった。


「お言葉ですが、ブレイトリア様。仮にも我らがフィッテッツオ帝国を落しめんとする不貞ふていやからたちですぞ? そのような奴等に対し、それではあまりにも手緩てぬるいかと……」

 嘲るような間を持たせてケインリヒは続ける。

「我等の力を示す為にもここは特軍団を出兵しゅっぺいさせ、後に同じような賊が出ることのないよう牽制けんせいすべきではないでしょうか?」


 いやなヤツだ。

 言葉の端々はしばしにブレイへのチクチクとした棘を生やしている。ソカロはそう思い、ブレイに目線を移した。棘を刺されたブレイはというと、先ほどと変わらぬ冷静な君主の顔のままでケインリヒを見ていた。


「それも一理あるだろうが――、反乱分子とはいえ自国の民だということを失念しつねんされてはいないか? 国王らがこの地を平定へいていするまで一体何人のアーセン人の血が流れたと思っている。貴殿きでんは私に更にアーセンの血を流せと言っているのだぞ」

「話は終わりだ」と結んだブレイの冷ややかな反論に、ケインリヒは言葉を詰まらせ「そのようなことを申し上げるつもりではなく」と顔を真っ赤にさせながらおずおずと席に着き直した。

 ケインリヒの周りを取り囲む重臣たちも一様に居心地が悪そうで、ソカロはひそかにくすり、と笑みを浮かべる。意地悪を言うからそうなるのだ。

 そっとブレイを盗み見てみると「どうだ」と、してやったりな態度がちらりと見え、それが面白くてソカロは堪えきれずに笑ってしまう。

 「ソカロ殿」と、戦闘に従事する軍幹部の者に小さく嗜められるも、彼もきっと同じ気持ちなのだとソカロは思う。口元に添えられた手元の奥はきっと緩んでいるはずだ。



 ブレイはこの居城きょじょうの主として絶対の権力を持つが、ケインリヒ大臣を始めとする帝国から派遣、任命された重臣じゅうしんたちはブレイのことを快く思ってはいない。

 それはブレイの父である帝国側の人間たちであるからだ。


 ブレイは父をしたっており、尊敬をしているが、すべてを父に倣うことはなかった。

 穏健派おんけんはで、王に追従ついじゅうすることで今の地位を手にしてきた彼ら達にとって、ブレイという存在は、息子というだけで簡単に東極部総指揮官とうきょくぶそうしきかんの地位を与えられ、実質、帝国東方のエスト地方の支配者となった――詰まるところ、実に気に食わない存在なのであった。


 おまけに、年端の割に能力こそ高いが、ツンとして可愛げがなくあつかいづらい性格。

 自分たちが何年もの時間と労力、財力を掛けて手に入れた地位を軽々と越えていく若輩者じゃくはいもの

 そんな相手に仕えるという事実に納得なっとくがいかないのだ。

 だから重臣じゅうしんたちとブレイは対立することが多い。


 しかし反対に、庶民しょみん出の兵士や、彼の考えに賛同する者には暖かく迎えられている。

 ブレイは血筋を重視しない。無慈悲な行いは行わず、たみを重んじる。

 初見ではブレイは冷たく、理詰りづめの人間に見られるが、素直になれないだけであること、照れ屋なところ――実は優しい人間なのだと知ってしまえば、自然と人望じんぼうは集まった。今ではブレイを信じ、受け入れる者も多くなったものである。



 軍議ぐんぎが終わり、散会さんかいする中、ブレイが「おい」とソカロに声をかける。

「ソカロ、会議中に百面相するな。真面目に聞け。今回は特軍の援助はないんだからな。お前がしっかりしてくれなければ……困るだろう」

 はあ、と一息ついてブレイは作戦書を整え直すとソカロに資料を渡す。荷物持ちだ。


「うん、分かってる。俺、がんばるからさ!」

 からからと笑ってこたえるソカロを見ながら、本当に大丈夫なのかと、ブレイはちょっぴり不安を覚えた。

「……まあいいか。あと先ほど伝えたとおりだが、今回、僕は後方にて随時ずいじ指揮をるからな。しっかり伝令を聞いて部隊を動かしてくれ」

「オッケ!大丈夫だよ! 俺らの部隊はよく育ってて強いし。羽毛のシューとかなんかには負けないよ!」

 自信満々な笑顔のソカロにブレイは頭を抱える。

「この馬鹿……それを言うなら烏合うごうの衆だ」

 ブレイの胸に不安が上乗せされたことは言うまでもない。


 作戦決行日は明日正午。時は刻一刻こくいっこくと迫っていた。





 作戦決行の朝、ブレイはいつもの赤と黒の官服に白い細身のズボンを身にまとい、自室の豪華なベッドに腰掛けて光沢こうたくのある黒いブーツを履いていた。

 いつもと変わらない寝起き具合に、相変わらずの快晴。今日の戦いもつつがなく終わってくれるような気を感じさせてくれる。

 ブレイは最後にもう一度今日の全体の動きや策を確認して、部屋を後にした。


 ブレイのいなくなった部屋はあるじを迎えるまで静かに眠りにくかのようであったが、外からの突然の突風とっぷうに部屋は震え、鍵のゆるかった窓がこらえ切れずに一陣の風を迎え入れた。

 風は書類を巻き上げ、机の上にひっそりと置かれた小さな金色こんじきの鷲の像を床へぎ倒していった。


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