ep.5-2 タウンレース


「……と、成る程。それでお前達はここに居るわけか」

 パニックを起こして過呼吸になりかけたメイドをなんとか落ち着けたブレイが彼女から話を聞くに、トランジニアでヂニェイロていがルミナやソカロの霍乱かくらんで騒がしくなった頃から、彼女――ガブリエラと、彼女と仲の良かったもう一人の友人マリリン――あのアホ毛のゆらゆら揺れるメイドは屋敷から逃げ出していたらしい。

 それからしばらくして屋敷へ帰ろうとしたところで、今度は空から謎の襲撃を受け、屋敷は壊滅。それどころか街中が火の海で命からがら逃げ出し、助かった他の人々と身を寄せ合っていたところを救助された、ということであった。


 その救助先でルミナを偶然見かけた彼女ら――いや、彼女が言うにはマリリンが図々しくもルミナに詰め寄り、辛い身の上を切々と訴えたところ、ルミナの裁量で二人の身の上を全面的に預かったのだと言う。

「ルミナ様はとてもお優しい方です……。こんなどうしようもない私を雇って下さったんですから……」

 やっとまともに喋れるようになった彼女が感極まったように言うのを聞きながら、ブレイはメイドの言うそのお優し~いルミナが、彼女の身包みを剥いでメイド服を調達し、その上縛り上げてクローゼットの中に放り込んだ、という過去の行為に罪悪感が顔を出したであろうこと。それに気づかれ立場が悪くなる前にどうにかしようと、半ば口封じに彼女らを自分のかたわらにメイドとして置くと決めたのだろうことが想像に易かった。が、目の前の彼女をまた不幸にするのも哀れに思ってブレイは黙することにする。

「ああ、まあ……そうだな、きっとそうなんだろう。だが……お前達には悪いことをした。トランジニアは……必ず復興させるつもりだ。だから、もう少し待っていてもらえるだろうか」

 歯切れの悪い言葉で、且つ帝国に組する人間が言うにはあまりに矛盾した発言に聞こえただろうに違いないのだが、彼女は小さめの瞳をぱちぱちと瞬かせて間の抜けた顔で頷くと、あっという間に顔を赤くして俯いてしまった。

 その様子にまた面食らったブレイは立ち上がると、メイドの灰がかった水色の頭頂部を見ながら、その場に満ちた変な空気を追い払うように「そこを片付けて早く新しい茶を用意しろ」と命じたのだった。



 慌てて部屋を退出する新参者のメイドに複雑な思いを抱きつつ、暗い考えに一旦終止符を打ってブレイは外を見る。

 考えなければいけないことはこれだけではない。気落ちばかりもしていられないのだ。

「……あ」

 丁度眼を向けたその広い窓に、久々に見つけた真白い翼を見てブレイは淡い笑みを浮かべた。






 白い友人と、束の間の戯れを過ごしたブレイが執務室へ戻ろうと石造りの階段を下りる最中、階下から慌しく駆け上がる足音があった。おおよそその足音の主を想像しながらブレイは階段を降りる足を止める。


 ズダダダダダダダ、と大きく忙しない音を立てながら迫る騒音の主は、螺旋らせん状に造られた狭い階段を駆け上がり、立ちふさがる影に気付いて満面の笑みを浮かべ顔を上げる――が、幾段かすっ飛ばして昇ってきた勢いは簡単には殺せない。

 それを見越していたブレイは元居た場所から数段上へ後ずさると、柱へと寄りかかった。

 間髪いれず、「わあああああ」と叫びながら猪のように元居た場所を豪快に突っ切ってつんのめった男が派手に壁へと激突した。

 衝突音と、それによる振動を感じながらブレイは寄り掛っていた身体を正すと、呆れた表情で壁に張り付いたままの部下に声を掛ける。

「…で、なにか用なのか? ソカロ」






「セレノにね!」

「お祭りイベントが来たのよーーーー!!」


 場面は変わり、再びブレイの執務室。

「「ねっ!」」と顔を見合わせて嬉しそうにはしゃいでいるのは、鼻に絆創膏を貼られたソカロと非常に機嫌のいいルミナである。

「祭りだと?」

 椅子に深く腰かけていたブレイは姿勢はそのままに、いぶかしそうに眉をしかめて聞き返し、机の前でぴょこぴょこと跳ねるルミナを見た。

 ブレイの思い当たる限り、今まで処理した書状の中に祭りの申請をされた記憶はない。街の治安面などから見ても、無許可での開催など以ての外である。


「そうなのよー! ブレイも知ってるでしょ、ほら最近噂の、街をまるごと競技の会場にしちゃうってレース。あれを今回はセレノでやるのよ!」

「っきゃーー!燃えるーっ!」とはしゃぎまくるルミナを尻目に、ブレイはますます眉間の皴を深くする。

「そんなものに許可を下した記憶はないが」

 そもそもそんな暇もないと苦々しく吐いたその台詞に、ルミナは当然のように返答する。

「うん、だってそれ許可したの私だもの」

 ほーらと机上から摘み上げた一枚の許可証の半枚紙にブレイは目を見開いた。ついでに思わず吹いた。

「ぶっ! なっ…!勝手に……って、おいその割印と公印を押す権限は僕にしかないはずだぞ! 勝手に持ち出して押したなルミナァァああ!!」

「なによー!いいじゃないのこのくらい……ブレイのケチケチケチっ! 私だってちゃんと書類見て、勝手してもいいか選んでるんだから!」

「いやいやいや! そういう問題じゃないだろう!」


 ギャーギャーと止まらない応酬をソカロはにこにこと眺め、同じく傍観を決め込んでいるオリオンに声を掛ける。

「ふたりとも仲いいね~!」

「うーん、まったく同感だよねー」

 見当違いな感想を述べるソカロと、それを分かっていて同調するオリオン。

 いい加減、この状況に我慢できなくなってきたソーマが凭れていた壁から身を正し、ついに吼えた。

「ぬおおおお……んだよこの頭痛ぇ状況はよぉ! おいルミナァ、小僧っ!ガキ臭え言い合いは外でやりやがれ、外でぇ!」

 ソーマの言葉に低レベルな次元での舌戦を繰り広げていた二人だが、キッときつい視線をくれてやると声を揃えて「「こども扱いするな!」」と噛み付き返す。その様子に金髪の二人は一様に「仲良しだねー」と頷く。


 いつの間にかルミナの手から離れた許可証はひらりひらりと揺れながら、宙を舞って地面へと緩やかに落ちる。

 足元へ舞い落ちた薄い紙片の許可証と、それに留められた実施の詳細を記した写しを静かに拾い上げ、相変わらずの無表情でトウセイはそれに目を通す。

 じっと実施要項を見つめるトウセイにオリオンが歩み寄ると、トウセイの目線を追って書類へ目を落とす。

「…あ、」

 オリオンの零した音により、低レベルな論争を繰り広げる三人と、窓の外を眺めて夢見心地のソカロは、それぞれオリオンへ視線を向ける。

「なんだ、どうしたオリオン」

 ケホン、と咳をこぼし、気を取り直して事を尋ねるブレイにオリオンはウーンと考えるようにして少し上方を見る。トウセイは書類から眼を上げると、真っ直ぐにブレイを見た。

 その様子に、なんだか嫌な予感を汲んで、ブレイは口元が引きつる感覚を覚えた。


「うーんと、開催日なんだけどねー」

 オリオンの、のんびりとした声に騙されないようにブレイは気を引き締めて続きを待った。

「これ、今日だねー」



 数秒の後、「嘘だろおおおお」と沈痛な叫びが上がり、その絶叫の中にルミナの「エントリーはばっちりよ!」というはしゃいだ声が存在感も強く混じった。


 かくして本日午後、庶民に絶大な人気を得ている巡回イベント「タウン・レースinセレノ」が開催されるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る