ep.3-11 手のひらの上



 一方、ブレイとソーマの対ヂニェイロ組はというと……。


「で、フォルマンシュテンクで偶然出会ったのが、この紅玉の文鎮ぶんちんで、これが本物の――……」


 まだリカルドの骨董こっとう美術品トークを聞かされていた。

 最初は関心をそそられる内容だったものの、こんなに長々と聞かされれば飽きる。ソーマに至っては最初から「興味ねぇ!」の態度である。

 目を伏せ、べらべらと恍惚こうこつの表情で語るリカルドに、もしやこれは永劫えいごう続くのではないかと二人はうんざりしていた。

 しかし、この長話のお陰でルミナが証拠を探し出す時間は充分に稼げたはずだ。

 それを思い、ブレイは必死にリカルドの繰り出す「最早どうでもいい話」を聞いていたが、腕に軽く当たった感触で隣をちらりと盗み見、こちらを見据えるソーマと目を合わす。

 何故こっちを見ている、早く視線を当主に戻せと思いつつ、ソーマを横目で見ると口をぱくぱくさせて何かを訴えてくる。「んん?」と怪訝けげんな顔を返すブレイに向こうも眉を寄せ、極小の音量で声を発する。

「 あ き た 。 か え ろ う ぜ 」

 一文字、一文字、区切って発する為、分かり辛かったがあんまりにも自分の欲求に素直すぎる内容にブレイは眉を吊り上げ、同じように返す。

「 あ ほ か 」

「んだとコラ!」

 ブレイの返答に長話の鬱憤うっぷんも手伝い、元来、気の短い野生人はいつもの調子で噛み付き返す。この馬鹿、声が!と発する暇もなくリカルドが口を開いた。

「なにかお気に召さなかったようですな」

 その言葉に二人は一瞬にして自分の血の下がる音を聞いた。固まる二人を見てヂニェイロはさも愉快そうに口元をほころばせる。

「申し訳ない、私の悪い癖でね。どうもこの手の話をしだすと止まらないのだ。素晴らしい一等の花器も手に入ったことであったし。――しかし、貴公らにとっても都合が良かったのではないか? 可愛らしいねずみが動くには充分な時間だっただろう」


 その言葉に今度こそ本当にブレイの体は冷たくなった。

 ――気付いている。この男は気付いている。


「しかし、この花器に関しては礼を言おう。れっきとした本物を持ってきて頂いたのだからな。これが贋作がんさくであれば、すぐにでも始末していたことだろう」

 愛おしむようにデスクに置いた花器を手でなぞり、満足そうにリカルドは笑むと、冷や汗さえ垂らせないブレイを鋭い藤色の眼光で射抜く。

 すぐにこの場を脱しなければ。

 しかしルミナは?

 置いてはいけない。脱出の落ち合い場所すら定まっていない。

 どうして知られた。どこに漏れが。第一はこの男の処理だ。いや、交渉か。時間を。

 動くこともできないブレイの中では様々な思考が渦巻いて奔流ほんりゅうする。その隣でソーマがやれやれといった風に、掛けていた長椅子から腰を上げた。

「はー……、おっさん。アンタの長話なんか聞かされて、こちとら飽き飽きしてんだよ。クソつっまんねえ茶番までさせやがって……。テメェが黒幕だってことは分かってんだ、俺らを敵に回すたァどういうことか、勿論分かってんだよな」

 ボキボキと関節の鳴る音をさせながら背を伸ばし、首を回すと、争いを吹っかける高揚に瞳を爛々らんらんと燃やしたソーマは顎を引き、上目で相手を定める。

 だがその様子におくする様子もなく、平然とその視線を流すリカルドは再びブレイへと視線を戻す。

「君の部下は随分と血の気が多いようだな、ディスプロ閣下。君のような高官がこんな少人数で自ら潜入捜査かね? 驚いたよ。それに……レディーだったとは」

「っ僕は男だ!」

 含み笑いのリカルドにブレイはカッとなる。素性すらバレており、触れられたくないことに言及げんきゅうされたブレイはそのまま感情に任せて噛み付いてしまう。

「ははは、そうだろうとも。落ち着きたまえブレイトリア君、軽いジョークだ」

 しかし余裕の笑みで返されブレイは悔しさで歯噛みする。

 此方の情報は全て筒抜けであり、完全に相手の手の上で踊らされている状況。その事実がブレイの自尊心を大いに傷付けた。――こんな屈辱はない。

「君の父上が私を疑っていることは以前より分かっていた。私のに気付かないような間抜けではないからな。しかし、私はこの国の商業を全て手中に収めていると言っても過言ではないだろう?」

 ふむ、と肩をすくめてみせるリカルドは続ける。

「安易な攻撃は国に打撃を与える。食料も、衣料も、武具も供給されない。民は怒りの矛先を王に向ける……。自分で自分の首を絞めていくようなものだ、そうだろう?」

 リカルドの問いにブレイは頭に血を上らせたままそれに答える。

「恥知らずめが。戦火の種をいているのは貴様だろう。国民がそれを知れば首が落ちるのは己の方だ」

 ブレイの返答に途端、リカルドは天を仰いで爆笑した。しかし目は見開かれたまま、まるで笑っていない。藤色の瞳は全てを凍て尽くすかのように冷たい。

 笑いを収め、リカルドはその冷たい瞳のままあざけるように言葉を吐く。

「君の父の方が余程、民に首を落とされたがってるぞ! 知らぬ訳ではないだろうブレイトリア……。君の父が如何いかに戦火を巻き起こし、下らぬ制圧を繰り返し、自らが認めぬ物には刃を振り下ろしてきたことを!」

「民から、何もかもを吸い上げ、貴族達だけがその養分で肥え享楽きょうらくふけっていることを! そうして出来た苛烈かれつなまでの貧富のみぞを、差別を!」

「貴公は王のかたわらにいて、何を見てきた、一体何をした?」

 リカルドの口は止まらない。そして。

「そう、そしてお前は知っている筈だ。……どうやってあのけがれた悪魔が王座にいたのか」

 その言葉に、ブレイの視界は真っ白にスパークした。

「……まれ、黙れ黙れ黙れぇえっ!お前に何が分かる! 父のなにが分かるという! その侮辱ぶじょくの数々、決して許さん!」

 今までぴくりとも身動きのなかったブレイであったが、その言葉に彼の理性は音を立てて切れた。

 激昂げっこうし飛び掛ろうとするブレイを寸での所でソーマは捕まえると、一斉に部屋の中に武装した兵が雪崩なだれ込み、またたく間にリカルドをかばうようにして取り囲む。

「貴様ぁっ! 父を愚弄ぐろうするなど万死をってしても収まらん! っ、離せ!っのくずがぁっ…!」

 初めて見るブレイの、ここまで取り乱した姿に半ば衝撃を受けつつもソーマは脇から手を差し入れ、自分の身体を使ってブレイの体をがっちりと固定する。振り切ろうと暴れもがく少年を離さない。

 剣や槍先を此方に向かい突き出すヂニェイロの私兵の間から、当主の不敵な笑みが見える。

「おやおや。血の気が多いのは上司も一緒だったか。邸内を動き回るねずみ共々始末してくれ。……不快だ」

 最後に付け加えられた言葉と同じ表情をブレイへ向けると、リカルドは背後の窓へと体を向けて、外の光景に目を細める。

「……ふむ、やはりいい庭だ」





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