ep.3-12 大暴れ

 ――非常に不味い状況だった。

 ソーマは久々の危機に汗が滲むのを感じていた。

 じりじりと距離を詰める兵が、囲うようにして四方よもを塞ぐ。その数は十数人。

 此方は未だわめき散らしているお荷物を抱えて脱出せざるを得ない、手のふさがった男が一人。あまりにも分が悪い。

 ここでブレイが冷静であれば他の道もあるだろうが、今のブレイは拘束を外せば間違いなく敵に突っ込んで死ぬだけだろう。

 せめてブレイだけでもどこか奴等の手の届かないところにやれたら……。ソーマは近付く兵士を忌々いまいましげににらみ付ける。

 その時、窓から外を眺めていたリカルドがいぶかしげに呟いた。

「外の様子が……、あれは一体なにを?」

 リカルドの台詞と同時に小さな黒い塊が窓に映る。



 下方より投げられたと思われるは頂点に達すると、重力の法則に従ってゆっくりと、そして地に向かい沈んでゆく。

 下から上へと投げられたそれは、常人の目には何だか分からなかっただろうが、ソーマの動体視力には充分視認可能なものであった。

 なにより見慣れたものである。

「おい小僧、どうやらルミナは上手くいったみたいだぜ……!」

 ソーマが捉えたもの、それはいつもルミナが髪を結うのに愛用している黒い兎のヘアゴム。

 そしてそれは、どこぞの科学馬鹿が開発した超小型閃光衝撃弾めくらまし


「目ぇ閉じてしっかり耳塞げっ!!」

 ソーマが叫んだと同時に凄まじい音と強烈な光が炸裂さくれつした。


 それは可愛らしい見かけにらず、瞼に突き刺さるような激しい光と、耳をつんざく高音の爆発音と共に衝撃を放った。

 その炸裂で真昼の庭は更に明るさを増し、辺り一体が白に埋め尽くされたほどである。

 爆発の衝撃と高音による振動は炸裂部を中心に、そこに面した屋敷のガラス窓を次々に破壊していく。


「うげっ、オリオンってば威力強くし過ぎ! 集団戦の時は周りの味方巻き込んじゃって使えないじゃん! …てか私こんなの付けたの?!こっわ!!」

 庭からヂニェイロ家当主の部屋へと、お気に入りのヘアゴムを思いっきり高く放り投げたルミナは安全な位置へと走りこみ、衝撃が収まってから振り返った。

 素晴らしい景観を誇ったヂニェイロ邸はその大きな窓がことごとく割れ、無残な姿を晒している。

 はああ、と惜しむ溜息をこぼしたルミナは、目を押さえ呻くヂニェイロ家兵を股越し、辛うじて向かってくる兵士に遠慮なく蹴りを叩き込む。

「もー! こんな重い服着てたんじゃやりにくいー!」

 ルミナは駄々っ子のように空に向かって叫ぶと、状況確認に出てきた新手のヂニェイロ私兵の方へと駆け出した。





 屋外のルミナの一方、屋敷内でのソカロは通路に飾ってあった年代物の片手斧とソードを手に、好き放題リカルドの私兵相手に暴れていた。


「やいやいやーい! お宝はどこだーーっ! 幻のお宝を出せ~い!!」

 自慢の大声をほがらかに響かせ、ソカロは屋敷の中を上へ上へと進んでいく。

 何事かと部屋から顔を出す使用人たちは一様に悲鳴を上げ、逃げ惑う。

「わぁぁ、本当に盗賊になった気分だ!」

 そこ退け、そこ退けで進む先は無論ブレイたちがいるはずの当主の応接室である。そう、二人を誘拐するために。



 ワインセラーで悩むルミナへソカロが言い放った作戦は無茶苦茶だった。

「あのね、俺たちって体動かすのは得意じゃん? だからひとつ、おっきな騒動を起こそうよ! 俺たちが騒ぎまわったらヂニェイロも気づくだろうし、そうなったらブレイたちの相手もしてらんないよね!」

 キラキラとした目と上気した頬でソカロは語る。

「いや、むしろ泥棒としてここに入ったってことにして、ついでにブレイ達をさらって逃げちゃおうか。それなら一緒にここを出れるかも! あとが大変だけど、ブレイがなんとかするだろし!」

「だからえーと…あれ、俺の言ってるの分かる?」説明しながらよく分からなくなったソカロは自信なさ気にルミナに笑いかける。

 ルミナは口をポカンと開け、此方を見つめているので、余計に自信がなくなったソカロは気まずげにぽりぽりと頬をく。と、開いた口を閉じルミナは頷いた。

「それ、イケルかも。なんとなく大まかなトコは分かったし。私たちが騒ぎを起こしてるっていう合図は私がやれると思うから……よし! ソカロさんの案に乗りますっ!」

「ほんと~!? 良かった!」

 ルミナの言葉にソカロの顔が綻ぶ。

「はい! 大体コソコソするのは性に合いませんから。派手にいっちゃいましょう!」

 そう言うとルミナは拳を突き上げた。それを真似てソカロも拳を天井へと突き出す。

「よーっし、俺とルミナで派手にやろー!」


 ここにブレイがいたら間違いなく渋い顔で却下を下されただろうが、ここに居るのは頭の弱い二人であった。

 その為、嬉々としてこの提案は可決されたのであった。



 そういう経緯の元、敢行かんこうされたこの作戦は思った以上に功を奏した。

 き回しているのは、たった二人。

 しかし片やゲリラ戦、乱戦、なんでもござれの特殊戦闘軍の隊長殿であり、残る一人も直属部隊を率いる東極部総指揮官の片腕である。

 一般的な私兵が楽に相手にできるような敵ではない。

 おまけに暴れたくてウズウズしていたじゃじゃ馬は、謎の爆発物を投げつける始末。ヂニェイロ邸に仕える者達は突然の騒ぎにパニック状態であった。


 階段を駆け上がりながら、先日ブレイに叩き込まれた屋敷の見取り図を脳内に広げて、目的の部屋まであと一息のはずだとソカロは満足げに息を吐く。

 ソカロは自分の登場で慌て驚くブレイとソーマの顔、そしてまだ見ぬヂニェイロを思い浮かべて口元が緩む。

「うまくいったらゴホービに、あのジェラートをいーっぱいセレノに仕入れてもらお」

 へへへと笑いながら、愛しの冷ややかなスウィーツに思いを馳せ、夢見心地な気分のままソカロは立派な扉を勢いよく押し開けた。


「やいやいやーい! お宝を出せーーっ!」


 気分は盗賊。

 嬉々としてソカロが踏み込んだと同時に、尋常ではない目映い光の洪水が部屋を蹂躙じゅうりんする。

 次いで高音の爆音と衝撃。

 その片鱗へんりんが確かめられようとしたその一瞬に、ソカロは野生動物のような俊敏しゅんびんさと、その反射神経で目をふさぎ、光源に背を向けうずくまって、しっかりと耳を塞いだのであった。

 直後ガラスの砕け散る音と凄まじい衝撃、部屋の中の物が壊れる派手な音が聴覚を支配する。

 辺りが静まり、人のうめく声がかすかに聞こえるようになったところでソカロは目を開け、ハッと振り返り立ち上がる。ソカロの背中に乗っていた細かな家具の破片がぱらぱらと床に落ちていった。

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