ep.2-7 握手失敗




 あの後、騒ぎを知った城の衛兵たちは申し訳なさそうにしつつ、侵入者を牢へと運び、城の浮かれた雰囲気は終わりを告げた。

 その中で唯一浮かれムードが抜けきらない男が、間延びした声で「なにがあったの~?」とへらりと笑う。

 その男へ鋭い視線を向け、修理の為かちょうど手元ににあった角材で思いっきりその頭を殴ったブレイは特大の雷を落とした。


「重々お前が馬鹿者だとは分かっていたが! 護衛としての任務を果たせないばかりか、壊した窓はふさががず挙句酔っ払いか!? 怒りを通り越して僕は悲しいぞ!」

 雷を落とされた当人であるソカロはぶっ叩かれた頭の痛みにも、ブレイの沈痛な叫びにも全く応えていないようで、あははと笑った。

「かなしいの~? あははー!じゃあいっしょにおどりましょ~!」

 そう言うなりブレイの手を取り(ブレイの持っていた角材は、目にまとまらぬ速さではたき落とされた)踊りだす。


「ちょ、この馬鹿者! 離せっ!」

 城の者もいる中でこんな無様な姿をさらしてたまるかと暴れるが、相手はソカロ。

 到底敵う訳もなく、ソカロの為すがまま文字通り振り回されるブレイはもう泣き出したい気分だった。

「絶対解任!」と決意を固めたところにルミナとソーマが間も悪く応接間に入ってくるのが目に入る。ブレイは、どうにかしろと声を荒げたが二人はその場にたたずんで動かない。必死に二人に助けてほしいと視線を送るのだが何故か眼を逸らされる。

 心なしか二人とも震えてないか?

 ブレイが振り回されすぎて気分が悪くなってきたとこで一斉に二人が行動を起こした。

 ――見かねて助けに動いたのではない。

 ソーマは人目を憚ることなく盛大に吹き出し爆笑。ルミナは「ずるいーー!」と怒りに任せて叫んでいる。

 違うだろ、そんな反応を望んでいる訳ではない。


 ソーマの爆笑は見ていて心配になる程のもので、周囲の人間は少し冷やりとしたが、ひーひー笑いながら必死に言葉を紡ぐソーマを止める事はなかった。

「ぶくくっ、けっさ、傑作だ…っ! あの堅物坊ちゃんが……あひゃはははははは!! ぶわっかみてー!死にそー!」

 それに、と目に涙を浮かべながらソーマは言った。

「あの金髪野郎! とんだ間抜け面……っぶ!!」

 続けた言葉は隣にいたルミナからの鉄拳によって阻まれる。


「ソカロさんのこと馬鹿にしたらコロス……!」

 ゴゴゴ……と背面に文字と炎が浮かんだルミナの一撃に、ソーマは強打された鳩尾を押さえ、言葉もなく耐えた。きっとこの一撃が出ていれば先刻の侵入者など容易くほふれたのではないかという強さを誇る一撃であった。






 そんなこんなで、その夜を終えたブレイ達は翌日、父王の居る帝都・フォルマンシュテンクからの返答を待っていた。

 昨晩の騒ぎについては、あの後、すぐさま帝都へと報告をあげていた。ブレイがそれを指示したのはネーヴの言葉が気に掛かったからである。

 彼は、他の崇高な方からの命を受けて行動していただけだと言った。ブレイにはそれがどうにも気に掛かるのである。

 ネーヴはその命を下した輩に対し、それを絶対の存在として忠誠を誓っている。それは昨晩から行われた尋問に対しての態度で十分に理解できた。ただ心酔しているだけか、それとも。

 ――それとも、本当に崇高な位置に属する存在であるならば、それは身近な存在であるのではないだろうか。だとすれば、狙いは自分の命だけではあるまい、その上に存在する至高の地位へ、つまるところ王である父へと――。

 議会で己の考えを重臣達に伝えた後のブレイの行動は迅速で、すぐに伝達鳥が帝都に向かって飛ばされた。

伝達鳥の飛ぶ速さは尋常ではない。きっともう書簡は王の元へと届いただろう。ブレイは今か今かとその返事を待っている。

 そんなブレイの執務室へノックの音と共にルミナとソカロが連れ立って入ってきた。


「おつかれー!」

「ブレイー、おじ様からの返事は届いた?」

 ルミナの問いにまだだ、と首を振る。そっか、と呟いてルミナはソファーに身を預け、ソカロはウロウロと部屋の中を歩いている。

そこへ遅れてソーマがノックもなく入ってきた。

「おい小僧、返事は」

「まだだ。ノックぐらいしたらどうだ?失礼な奴だな」

 繰り返される質問を遮ってブレイは非難も追加して返事をする。

「あ? んないちいち細けぇことグチグチ言ってんじゃねーよ。それで男かよ」

 その言葉にむっとしたブレイはソーマに言い返す。

「あまりに気を回さないから貴様は昨晩のような失態しったいを犯すんじゃないのか。ルミナのサインが必要なら、書類と共に追いかけてくれば手間はなかったものを……本人だけを追いかけてどうする? 第一、それと男がどうとかという話は結びつかない」

 痛いところを突かれてソーマは余計に語気を荒げる。

「はっ! 昨日の失態の元はと言やぁ、ふらふら戦いも出来ねぇくせに護衛もつけずに出歩いてるオメーの所為だろーよ。それに……昨日のダンスは笑えたぜ!」

「っこのれ者が……!」

 侮辱ぶじょくされるのに耐えられないブレイは顔をさっと赤くして怒りをあらわにする。それに不味いと珍しくも勘付いたソカロが二人の間に入った。

「まあまあ、喧嘩はよくないって~。二人とも落ち……」

「「元はと言えばお前が!」」

 ブレイとソーマは綺麗なユニゾンで途中まで同じ言葉をソカロへと向け、次いで、

「テメー側近護衛のくせに、この女男をしっかり見張ってねえからンなことになんだろーが! ツラ貸せ!つらァ!」

 とドスの効いた、一般人なら震え上がるような声でソーマが。

「酔いまくって役に立たない上に恥の上塗りをしたからだろうがっ!!」

 と、ここ一番の怒りを孕んでブレイが至極当然のことを叫んだ。


 二人の怒号にソカロはしゅんと頭を下げるしかない。それを見たルミナは二人に向かって一喝する。


「二人ともうっさい!! とうっ!」

 いや、一喝に止まらず二人へとドロップキックを見舞った。

 静かになった二人に満足したルミナだったが、ソカロが己をじっと見ているのを感じ、慌てて猫なで声で取りつくろう。

「み、みんなで仲良くしなくちゃですよねっ! ソカロさんっ」

 ぽわ~っとルミナを見ていたソカロは満面の笑みを浮かべると

「うん!」

 と元気に応えた。昨日の酔いは完全に抜けているらしい。にこやかな雰囲気のルミナ、ソカロとは違って、ブレイとソーマは未だ目線で火花を散し合っていたが一応は停戦となった。



 その場を仕切り直す様にブレイはソーマに口を開いた。

「……昨日は役立たずの代わりにご苦労だった。これが一応僕の側近護衛、ソカロだ。……近々、解任予定だが」

 その言葉に「えー!」とソカロは驚いているが、ソーマはうんうんと頷いた。続けてブレイはソーマを指して続ける。

「こっちは特軍副隊長のソーマだ。戦時には役立つ男だな、……他は知らんが」

 どうしても棘を含ませないと気が済まないらしいブレイだったが、その言葉に気付いているのかいないのか、ソカロは「へー!」と声を漏らし、ソーマへ向き直る。


「……んだよ、そんなガキみたいな目でこっち見んな」

「どーも! 俺、ソカロ! これからよろしくっ!」

「馴れ合う気はねえよ」

「じゃユーコーの印に握手でも!」


 この二人、全く会話が噛み合っていない。

 差し出された右手に一瞥いちべつをくれるとソーマは、ついっとそっぽを向く。その行為にルミナがすかさず制裁の拳をソーマへ叩き込んだ。


「……ヨロシク」

 握手こそしなかったものの、小声で早口にソーマが返せば、ソカロはうんうんと頷き仲間が増えたと喜んでいる。こんな能天気すぎる部下を持つ自分のことを、ブレイは我が身のことながら同情してやりたくなった。


 そんなこんなで、またも一日があっという間に過ぎ、時刻は夕宵。待ち望んでいた王からの伝令が届いた。

 内容は簡潔。『侵入者を帝都へと輸送せよ』である。


 国王直々に処理をするのであろう。事が事かもしれない事態であるのでこれは予想が出来ていた。ブレイは部下へと指示を出し、その日の内に帝都へと出発できるよう準備を整えると、護送する兵達と連行されるネーヴを見送った。

 これで一段落付くことができる、とブレイは軽く息を吐く。しかしブレイは誰にも話していない、ひとつの暗い可能性を完全に否定することは出来なかった。

 それは自分の命を獲るように命を下した人物についてだったが――。

 ブレイはかぶりを振ってその考えを頭から追い出した。胸にくすぶる、暗く冷たい予感を追い払うことはできなかったが……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る